2016年8月29日月曜日
とがった鉛筆は好きじゃない
2016年2月18日木曜日
おじいちゃんにも、セックスを
ドラマは仮名なのでわからなかったが、原作を読んでみると、晩年CMに引っ張りだこだった田村隆一や加島祥造など知った名前の人たちが登場。その人たちが50・60歳。ピンクレディが活躍していた頃の話だ。それも檀一雄の「火宅の人」のようにけっこうどろどろの話じゃないか。
2015年10月6日火曜日
眺めのいい場所、探しに行こう!
2015年1月26日月曜日
あこがれたのは、報道カメラマン
2013年8月4日日曜日
岩のような木
雷でやられたか、台風でへし折られたか。8mくらい上からポキっとなくなって何年経つのだろう。御室仁和寺の西門の横に立つこの木は、この辺りの土地の主のように思える。威風堂々と立っている。
死んだふりして、どっこい、下の方の根っこ近くには、若い木が何本か生え育ってきている。
この生えてきた若い木が西門の主となるまでには途方も無い時間が必要だ。
2012年12月24日月曜日
iPhone3GSが破裂した
先月、新しいiPhoneに替え、古いiPhone3GSはクルマのなかで音楽専用で使おうと思っていました。多くのアプリを外し、WiFiやキャリアも外し、ハードディスクの余った分にアルバムを増やし準備万端。でも自然放電というか、何も使わなくてもバッテリーってなくなっていくんですね。
2012年6月22日金曜日
ブルーのAO号でお出かけ
自転車を買った。8年ぶりだ。今まではGIANTの安価タイプに乗っていたが、手入れが悪く、サビサビになっていた。サドルもボロボロに朽ちて、乗る気になれない。ぶらぶら散歩が好きなワタシは、ぶらぶら自転車散歩も好きで、前は京都の町を横断して、東山辺りまでお出かけしていた。チリンチリン
新しい自転車はライトウェイという日本のメーカーのもので、近くの自転車屋さんで2年前のを1万8000円ほど値引きしていた。8軒くらいの自転車屋さんを見て回ったが、結局ご近所の自転車屋さんにベストのものがあったわけだ。型の古いのは気にならない。安くて、きれいな色のが欲しかった。
さぁ、これからは時間もあるし、自転車散歩もガンバルぞと思うが、2時間乗ったらさすが腿が痛くなってきた。最近あまり乗ってなかったからなぁ。でも前みたいに尻が痛くない。サドルの材質も良くなったのだ。
京都は自転車にピッタリのサイズだ。西から東へ横断しても1時間ほど。ただ、南から北へずっと上りになってるので、帰り道に登りが続くのはツライ。どうしても帰りのラクチンを考えて、北へ北へと道をとってしまう。鴨川や桂川といった川縁のサイクリングロードが整備されているのもうれしい。これからはチリンチリンのお気楽さんぽも増やしていこう。
2012年4月30日月曜日
アンティークの宿題
「葡萄屋」という骨董屋をやっていた友人がいました。亡くなって、もう随分たちますが、彼のお店から買ったいろんな家具はまだまだ健在で、現役で頑張ってくれています。
それらのアンティークたちは、そんなに古いものでもなく、値が張る物でもありません。それでも、今の家具にはない凝ったデザインがさりげなく、なされています。毎日の生活に落ち着いた雰囲気を与えてくれます。
そうした家具に混じって、どう使おうか?という衝動買いしたモノが二つほどあります。一つは、樽のカタチをした洋酒入れみたいなものです。昭和30年代ころ、江分利満氏のような人が応接間のステレオの横に、シェーカーやカクテルグラスを入れておくのがブームだった、そんな代物です。
トリスかなにかの景品?それともトリスバーの装飾品?この樽に、フェルトを張って、ミニバーをつくろうと思って30年。月日の経つのははやいけど、まだ手付かず。なんとか実現したいと思います。
もう一つは、底が野球のホームベースのような、五角形のガラスの入れ物。底面、そして後ろ2面が木製で、天面と前3面がガラスです。なんでも、昔の薬局で薬を入れて売っていたショーケース、と聞いたような記憶があります(けっこうデカイのです)。なぜ買ったのでしょう。今や記憶もあやふや。
きっと、どんな形か、解ってもらえないでしょうね。でも、すぐに撮影できない状態なのです。あしからず。
このケースならミニの温室を作れるかも! 白い砂を敷いてミニ椰子の木などを植え、南国の島のジオラマを作ってやろうと思った日もありました。そんなこんなで30年。なんとかしなければ。お見せすることも出来ません。
2011年10月16日日曜日
TANTAN が好きなのだ
髪の寝癖の立ち方がいいです。ステンカラーコートを風になびかせて走っている姿が美しいです。少年のくせにジャーナリストというのがいい。
海の中も宇宙へも、エジプトに行くように出かけていくタフさが素敵です。スヌーピーもいいけれど、主役を喰ってしまわない(でしゃばらない)、ホワイト・フォックステリアのスノーウィがかわいいです。いかにもと云う感じの、個性あふれるとんまな悪役の脇役陣が充実しています。極めつけは、赤白ストライプの宇宙ロケットの勇姿にしびれてしまいます。
日頃、あまりキャラクターものを集めたりはしないのですが、赤塚不二夫マンガの「タイホするー!」のピストルぶっ放す「本官さん」は気にいって、腰ふるフラガールと一緒に車に置いています。本官さんはスピード違反しないよう、サイドミラー横に自戒をこめて飾ってます。そして、文具やカレンダーやマグカップなどでお世話になっているのがタンタン・グッズです。一時は、パソコンのデスクトップもタンタンでした。まぁ、子どもっぽいですが、いい歳しても、これくらいならいいでしょう。
きっと、映画のタンタン面白くないだろうなぁ。スピルバーグだからなぁ。ウォーレン・ビィーティが主演・監督した「ディック・トレーシー」くらいぶっ飛んでいたら、面白い映画になるのになぁ。あんな感じで、コミックのタンタンの世界を描いてほしいなぁ。と、思いますが、まだ見ぬ映画ゆえちょっとだけ期待しておきます。
2011年8月13日土曜日
iPadはブログが苦手みたいだ
おもにテレビ見ながら、インターネットの「ながら読み」。これはiMacよりスイスイ早く、なんて快適! あとは、ブログさえちゃんと出来ればいいわと思っていたのです。
ところがiPadって、ブログに写真がアップロードできないのです。テキストだけのアップならすぐ出来るのに、写真を入れようと思えば出来ない。まさかそんなこと考えもしませんでした。
で、Googleで検索をかけたら、同じ質問が溢れていました。ずいぶん前からこの問題は話題になっていたようです。いくつか裏道があるようなのですが、これがけっこう専門的で???です。
どうも写真の一枚一枚に埋め込みコードを作ればいいらしく、そのためにはクラウドに画像を保存して、引っ張ってくるというプロセスがいるみたいなのです(素人の感想なので確かじゃありませんが)。
で、GoogleのPicasaをアルバムとして遊んでいたので、もしやと思いやってみれば、出来ました! "Flick Stackr"に投稿して、そこから写真を引っ張るという手が一般的なようですが。で、iPhoneで撮った写真をPicasa に送り、iPad2からPicasaにアクセスして貼りつけた写真がこのブログです。
いつものタテ型の写真に文字を流しこむという、ボクのブログのデザインは出来ないみたい?このように四角い写真を貼り付けるしか手がないみたいです。でもまぁ、ブログできるしいいか。これくらいの量のテキストを打つのは問題ないし。秋のiOS5で修正されるかもしれないし。あとは、ブチブチ切れるADSLのWiFiを何とかするだけだわ。
でも、100円とか200円で買える面白いアプリがいろいろあって、なかなか楽しめるiPad2ではあります。寝ながら触れるパソコンで、横着・ものぐさな私にはぴったり。落書きやスクラップをベタベタする感覚のマイノートとして、なかなか使って楽しい今日この頃です。
2011年7月17日日曜日
アロハの季節であります
アロハは比較的、よく着る方であります。どちらかというと下にTシャツとか着ないで、直に羽織りたいタイプです。汗でベタベタと気持ち悪くなる時がありますが、風が吹けばすぐ乾いてしまいますから。
世の中にはアロハのコレクターといわれる人ががかなりいるようですが、ボクはそんなの関係ありません。ヴィンテージ物なんて持ってないし。でも、ハワイのフリーマーケットで買ってきたり、もらったりしているうちに、ずいぶんと数もたまってきました。これはちょっとうれしいです。
今は、Tシャツが似合わないぷよぷよ体型なので、夏といえばアロハです。いやいや冬でもセーターの下に、シャツとして着たりすることもあります。邪道ですが、気分はいいです。
20ウン年前に新婚旅行でワイキキに行ったときは、観光客も現地の人もアロハが溢れていたのに、3年前に行ったときは全然見かけませんでした。ガクゼンとしました。今日ポッドキャストで聞いたハワイのニュースでは、ワイキキでアロハを着ている人は30人に1人とか。そこでハワイ州知事が2011年をアロハの年にすると宣言し、アロハシャツ生誕75周年を祝うことにしたそうです。
もともと日本の着物をシャツに仕立てたアロハだから、京都には、友禅のお店がブランドを作ってなかなかいいアロハを売ったりしています。ハワイのお土産アロハなどは足元にも及ばない、いいデザインのものがあります。これからはそんなアロハもラインナップに加えたいと思っています。
普通のシャツは襟が擦り切れたり、ほつれたりしたら終わりですが、アロハはそこからが、クタクタからが味が出てくるのであります。歳をとるほど、似あってくるはずなのです。
2010年11月7日日曜日
「信長の野望」で、Macと遊んだ

ワープロが、パソコンにとって代わって、かれこれ15年ほどになるでしょうか。我が家も、まだ使えるワープロからパソコンに買い換えることになりました。仕事上、使っているのはMac(アップル)ですが。で、このMacを覚えるために集中したのがゲームであり、後にインターネットをお勉強したのはポルノ・サーフィンでありました。
Macのための数少ないゲーム(PC向けはゲームも多いのですが、Mac向けは少ない、今も)で、熱中したのが、戦国時代国盗りゲームの「信長の野望」や都市開発ゲームの「シムシティ」です。当時は、ずっと寝不足でした。
高いMac買って、こんなゲームに夢中になっていたのだからあきれますが、あれで、デジタル食わず嫌いは克服できたのかもしれません。しかし、あの頃のアプリケーションはフロッピーデスクからインストールするもので、ゲームも5~6枚のフロッピーを入れたり出したりしていました。
当然CPUの性能も低く、驚くほどのろまなゲームではありました。が、ゲームは基本的にシンプルな方が面白いわけです。最近の「信長の野望」はプレイステーションで買いましたが、もう一つ。アニメはキレイでゴージャス、さくさく動く。でもゲームが複雑になりすぎて、なかなか前に進めません。ゲームおたくでもないワタシは、時間がかかるというだけで飽きてしまいます。(「ぷよぷよ」なんて飽きないモン)
最近はとんとご無沙汰のゲームも、歳をとったらまた、のめり込むかもしれません。古いゲームを引っ張り出してきて楽しみましょうか。友だちには、老後のために、せっせとプラモデルを買いだめしているのがいてます。大丈夫かいナ。
ところで最近は、iPhoneでゲームしてます。シンプルで、ささっとできる、なかなか面白いゲームがそろっています。雀百まで踊り忘れず。違うか。まだ、iPadを買おうという気にはなりませんが、Mac Book Air は気になる今日この頃です。
(※写真はプレステ用のパッケージですが、もうゲームが高度になりすぎてあまり面白くありません)
2010年10月24日日曜日
チャールズリバー沿いに歩こう

「世界ふれあい街歩き」という45分のNHKの番組があります。街をぶらぶらと歩くだけの番組ですが、なかなか面白い。この前は、録画しておいた「ボストン」編をじっくり見ました。ロバート B パーカーの「スペンサーのボストン」のという本の地図と照らし合わせながら、TVのなかでお散歩しました。
スペンサー・シリーズは、探偵スペンサーがボストンを舞台に活躍する小説で、昔懐かしいハードボイルドの世界が楽しめるシリーズ。もう37巻くらい出版されているみたいだ。全部のシリーズを読むほどのファンでもないが、軽いハードボイルドな空気は、帰りの通勤電車には心地いい。
ボストンという街は、アメリカの古い都市であるだけでなく、海や川があり、空が大きい。そして、坂道も多い。散歩するにも、ハードボイルドな舞台としてもちょうどいいみたいだ。行ってみたいなぁ。
このシリーズ、少しずつ長く楽しみたいと思っていたが、作者のロバート B パーカーさんが今年1月に77歳で亡くなられた。合掌。
タフでありながら、女性に優しい。スペンサーの殺し技の一つが、手料理だ。スーザン・シルヴァマンというガールフレンドを、いろんなシチュエーションでもてなす料理の話が出てくる。その料理のレシピをまとめたのが「スペンサーの料理」だ。なかなか料理を作ってみようという気にならないワタシには、こういう本はありがたい。この秋はこの中から、ミントソースの「ラム・カツレツ」にでも挑戦してみよう。
2010年8月1日日曜日
横尾ワールドの毒にピリピリ

中之島の国立国際美術館で、横尾忠則の全ポスター展を見てきた。すべてのポスターが展示されるのは、国内では初めてらしい。「天井桟敷」時代や、健さんの時代、インドの時代や、神の生まれ変わりの時代などなど、ほぼ同時代に生きてきた人のポスター展だから面白い。
一枚のポスターから濃厚に漂う、その時代の空気に、こちらの感性が反応してしまう。ポスターが窓となり、その奥から、当時の風や歌や雑音が響いてくる。
七割ほどは、知っている作品だが、これだけ集められて見せられると凄い。こんな量を残せるのは横尾しかいない。寝ない日が何ヶ月も続いていたに違いない。ポスターは、質より、量に価値がある。横尾忠則はやっぱり、時々狂っていたのだと思う。
きっと、今の学生達や、外国の人たちは、優れたアート作品としての鑑賞の時間を過ごすのだろう。けれど私たちは違う。同じ時代を過ごしてきた私たちには、二重にも三重にもオーバーラップする楽しみがそこにある。
マンガ雑誌のおまけのような時間。このポスター展は、横尾忠則からの素敵なプレゼントだ。
ところで、ポスターなどもデジタル・サイネージの時代。動画中心の映像ポスターでは、こうした1枚のグラフィックとの間に結ばれた個人的な関係は育つはずもない。ポスターが楽しめないなんて、カワイソウ。私たちは、いちばん楽しい時代を過ごしてきたのだ。と、言ってしまおう。
同時併載している「束芋」展も面白い。朝日新聞の連載小説「悪人」の挿絵でおなじみになった、束芋ワールド。彼女の世界が70年代の空気に似ていると感じるのは、横尾ワールドに毒されたからか。
阪神タイガースは8:7で中日に勝ち越し、いざ長期ロードへ。次は巨人戦だ。
2010年4月18日日曜日
ボクは雑誌で育った
「ボーイズライフ」という雑誌があった。小学5年生くらいから2年ほど読んでいたと思う。「少年」というマンガ誌と「平凡パンチ」の間をつなぐ雑誌だった。この月刊誌と出会うことで、雑誌好きになってしまった。と言ってもいいくらいだ。マンガは少なかったが、冒険、ファッション、カーレース、ガン、世界のトピックスとなんでもござれ。小学生にとっていろんな世界を紹介してくれた、ありがたい雑誌だ。中学に進む頃には「平凡パンチ」や「プレイボーイ」という週刊誌が発刊されたし、「F6セブン」なんて雑誌もあった。「ガロ」も話題になった。「朝日ジャーナル」はまだ読まなかったけれど、発刊されたのはこの頃か。その後「SFマガジン」「ミステリーマガジン」なども読み始める。ボクにとっての雑誌の黄金の時代が始まろうとしていた。
その後「ビッグコミック」など子ども向けでないマンガ誌が現れるし、「話の特集」や「○○責任編集 面白半分」なんて雑誌も読むようになった。「GORO」発刊もこの頃か。「GORO」は、バランスがうまくとれた雑誌で、グラビアタレントの文化を切り開きながら10年近く走ってきた。「NOW」というファッション雑誌もとてもよくできていて、ファッション雑誌なのに小説やエッセイに力を入れていた。今でも雑誌の鏡みたいに思っている。
誰かが深夜ラジオで、雑誌の創刊号を集めるのが趣味という話があって、それはいいと始めた。しかし、「写楽」や「SABU」(ホモ雑誌じゃないよ)「ワンダーランド」、「アンアン」「ポパイ」「ブルータス」や「エスクァイア」とさまざまな雑誌の登場に、創刊号を集めるという試みは財政的な忌憚を果たして消えてしまった。
映画から、テレビへ。アナログから、デジタルへ。さまざまなメディアの登場に刺激されてきた(または翻弄されてきた)世代なのだ。雑誌の種類なら今の方が多いだろうが、個性的な雑誌の数やアブナイ雑誌の種類では昔の方がはるかに多く、面白かったと思う。日常的な文化の濃さが、全然違うのだ。今のハイボールってなんか水に近くない?
昨年春頃からの、オピニオン雑誌次々廃刊のニュースにはじまり、ロングランの雑誌が相次いで廃刊している。雑誌ジャーナリズムや雑誌文化が消えていくのは、寂しい。
こんな時代の象徴ともなったiPadの登場も、少し悲しい。アメリカで売れすぎて、日本発売は1ヶ月伸びたらしい。
2009年12月13日日曜日
ピンボールなら1台ほしいかも

シュルシュル、ビィヨ〜ン、バシバシビュイーン、ポコポコポコ、バシバシビュンビュン、カコーン!
今、どれだけの人がピンボールマシーンを知っているのでしょう。電動スマートボールのようなモノで、銀色のボールをはじいて得点を重ねていきます。穴に入れたり、柱にぶつけたり、壁に当てたりしながら点数アップ。真ん中ストレートに落ちてきたボールを、バットで打ち返すがごとく左右のボタンでバー(フリッパー)を操作します。
このボールを打ち返す音から、僕たち周辺の中学生はこのマシーンを「ビュンビュン」と呼んでいました。
中間試験や期末試験が終わると、即、街へ飛び出し映画を見に行ったりしましたが、その頃この「ビュンビュン」は映画館の入り口などに並べられていました。映画を見ずにビュンビュンだけしていた日もありました。
そうそう、今はない嵐山ホテルの地下の遊技コーナーには、ひも付きピンのボーリングなどと一緒に、「ビュンビュン」も数台ありました。
マシーンに体をぶつけてボールをコントロールしていくのですが、ぶつけすぎると「カコーン!」という音とともにTILT!となり、ボールをはじくフリッパーが動かなくなってしまいます。カナシ~イ! でも、手首をクッションに、体をぶつけていかないとボールに勢いはつかず、高得点は望めないのでした。
今でも多分、ピンボールがあれば夢中になってしまうでしょう。でも、子供たちがいっぱいのゲームセンターなどには行きたくもありません。きっとピンボール・バーなどもあるのでしょうが、どうもねえ。
おまけに、2つや3つのボールが同時に出てきたり、2階建て盤面になるなど、どんどんバブリーに派手に進化し、もう昔の「ビュンビュン」の面影はありません。電子式のカウンターより、ドラム式の数字が回っていくカウンターが懐かしい。どんなゲームも複雑になっていくほど、シンプルな頃の面白さを失っていくようです。
2009年11月1日日曜日
ついに二代目、BBQ コンロ
ブリキで出来たバーベキューコンロを、この15年ほど愛用していました。1000円くらいで買ったと思いますが、値段も忘れてしまいました。山登りをする会社の後輩のO氏に教えてもらいました。とても良くできたコンロで、折りたたみの七輪のようなものです。30cm × 30cm × 7cm くらいに畳めます。そして、金網が中に3枚設置でき、まん中に炭を入れて熾します。
焼き肉は一番上の網で、鍋をする時は鍋を2段目の網の上にのせると、スッポリ収まり熱効率も最高!食事が終われば、マキをつっこんで焚き火もできるというスグレモノでした。
実に良く頑張ってくれたコンロだったのですが、もうサビサビ・ベコベコ。使えなくなりました。
二代目を探し初めて5年くらいになりますが、どこにも売ってないのです。こんなスグレモノがなくなるはずはないと思うのですが。京都周辺の量販店・アウトドアのお店も、滋賀や神戸などの偶然入ったお店で探してもありません。アウトドアの雑誌にも、ネットの通販を見てもないようです。誰かおしえてくれ~ぇ。
で、仕方ないので、2年前くらいに一代目に近い機能を持ったものを見つけ買いました。オールステンレス製で、コンパクトに折り畳め、十分なのですが、鍋がスッポリ収まらないのが欠点です。今年の秋も一度、この二代目を持ってバーベキューに出かけました。
(写真が二代目、ステンレスに河原の小石が写り込み見にくいですが)
2009年8月30日日曜日
ミントンのアンティーク柄
もう10年くらい昔になりますが、英国ロイヤルドルトン・ブランドの紅茶の仕事をしていました。その仕事を通して、紅茶の知識、英国陶磁器の知識、その頃の大英帝国の歴史に触れる時間を持つことが出来ました。そしてなによりも、紅茶パッケージのプレゼンテーションと取材をかねて、ロンドン → ストークオントレントへいくことが出来ました。
ストークオントレントという町は、日本の瀬戸みたいな焼き物の町です。ロンドンから急行で3時間ほどだったでしょうか。あのラグビーの町を通り、リバプールの方へ行く途中にあります。
ヒツジさんのいる、本当に牧歌的な丘をいくつも越えて到着です。駅前には、ジョサイヤ・ウェッジウッドの銅像があり、町のあちこちにロイヤルドルトンをはじめ、ミントン、ウェッジウッド、スポート、ロイヤルクラウンダービーなど有名なブランドの窯とその煙突が並んでいます。
いかにも古い歴史ある町という佇まい。そして、それぞれの会社がそれぞれの私設のミュージアムを持っているようです。
このアンティークな柄のカップは、工場見学に行った折りに、ミントンのミュージアムのお隣にあるアウトレットで買ったのもの。日本では見ないミントンでしょ。ミントンのカップは本当に素敵な柄が多く、水彩で描かれたデザインブックは手元に置いておきたくなります。
ロンドンでよかったのは、パークサイドホテルで本格的なアフタヌーンティをいただいたことと(もちろん仕事です)、ハロッズを見れたこと。百貨店というより、ミュージアムのよう。地下の食料売り場では、食材で巨大なオブジェをつくっていました。その時買ってきたウール張りのピクニックシートは、いまだ現役で年に数回活躍しています。
2009年8月23日日曜日
消えゆく、ポップドール
お店の前でお客さんに呼びかけるキャラクターたち。あのペコちゃんや、薬のサトちゃん、おまえヘソねーじゃねえかのコルゲンコーワのケロちゃんなどを、ポップドールと呼ぶらしいです。不二家のペコちゃんは昭和25年生まれだとか。新しいところでは(もう古いけれど)、ケンタッキーフライドチキンのカーネル・サンダースさんもその代表選手です。なんでもこのポップドール、世界的に見ても、日本が圧倒的に多いのだそうです。「福助」や「お多福」など、日本は歴史が違うのだよ、ということでしょうか。日本人のDNAのなかに、看板娘的な愛嬌のあるキャラクターを好む資質がきっとあるのでしょう。この辺の話で、新書一冊書けそうです。
私たちが子どもの頃は、ある銀行のポップドールがディズニーのキャラクターでした。ミッキーマウスやドナルドダックの貯金箱がとても欲しかったことを覚えています。プラスチックではなくて、硬質なビニールで出来ていたように思います(あの匂いが好きでした)。
そしてその頃は、まだ、商店街というものがとても元気でした。商店街を歩くことで、いろんなポップドールたちとの出会いがありました。ポップドールたちも子どもたちにいたずらされながらも、活き活きしていました。今や生き残っている商店街はわずか。売り場や販促物が細かく管理されている量販店全盛の現在では、彼らとの出会いもそうそう望めません。
ところが、昨年リタイアされた食いだおれ太郎さんは、もてもて。全国各地を飛び回っていらっしゃいます。かに道楽のかにや、京都おたべのこっくり娘さんなど、関西は昔から動くポップドールの本場のようです。ポップドールの世界にも格差の波はあるようです。
2009年7月26日日曜日
ハヤカワ ポケット・ミステリ

アメリカのペーパーバックのように、本の天や小口が黄色く着色された細長のサイズ。文庫本より少し大きく、文章は二段組みレイアウト。表紙は抽象的な油絵の装丁。そして、ビニールのカバー、昔からちっとも変わらない。持っているだけで、カッコイイと思ったものだ。
このポケットミステリとのつきあいは長く、中学からだ。そもそも早川書房の本に出会ったのは「SFマガジン」という雑誌を立ち読みしだしてからで、その後、星新一や小松左京などのSFショートショートを読み始めた。SFは体質に合わなかったのか、イアン・フレミングの007が流行しだしたこともあって「ミステリマガジン」を読むようになった。多分初めて買ったポケット・ミステリも007だったのだろう。なんでも、1953年刊行開始というから、わたしの歳とあまり変わらない。こちらは今、世界最大・最長のミステリシリーズに育っているらしい。
映画を見たら本を買う、本を読んだら映画を見るという感じでイアン・フレミングの007はほとんど読んでいると思う。TVの「ナポレオン・ソロ」のポケットミステリも読んだと思う。その後、はまったのは、「87分署」シリーズであり「マイク・ハマー」であり、「ヴァージル・ティップス」であり、チャンドラーでありと、ハードボイルドに一直線にのめり込んでいった。
クリスティやウールリッチといった、本格ミステリーの何冊かは読んだが、こちらはあまり合わなかった。いわゆる謎解きとかトリックを見破るとかの思考回路が全く稼働しなくて、なるほどなるほどと、感心するだけで終わってしまう。やっぱり映画的に映像が見えてくる、あるいはスタイルにこだわるミステリの本の方が好きみたいだ。
このハヤカワのポケットミステリ、紀伊国屋やなどの大きな本屋でもちょっとの在庫しかないという時期もあったが、最近は人気も持ち直してきたようだ。たまにアメリカ探偵作家クラブ賞のものとかを読むと、やっぱり面白い。人間の息遣いが聞こえてくるような、リアルなミステリが増えている。多彩なミステリの世界を、このシリーズは今も広げつつある。






