お気楽さんぽ

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2019年7月19日金曜日

会津の「銀座」で日本酒を



最近の福島の日本酒はアツイ!らしい。全国的な賞を次々と獲得しているという。この会津若松も、町をあげて地酒を応援している。というわけで、会津の夜は居酒屋が楽しみ。1日目も2日目も美味しいお店で、地酒を楽しめた。おもに七日町通りの放送局周辺で呑んでいたと思う。「ニシンの山椒漬け」という地元の肴も、行く店々で食べてみた。

二軒目として目をつけていたのが、「銀座九丁目」という日本酒スタンド・バー。銀座でお店をしていた40ウン歳の姉妹が、家の都合で地元会津に帰ってきてはじめたお店だという。お姉さんが「そば」を打って、妹さんがカウンターに。日本酒と蕎麦。ここの日本酒はカクテルグラス。量も少ないので、いろんな酒が呑め、いろんな話が聞けた。おまけに、ここで買ったらいいという酒屋まで教えてもらった。

美味しい料理とお酒、ほどよい町の大きさ、磐梯山や猪苗代湖の雄大な景色。また行きたくなるような会津だった。



今回呑んだ日本酒のなかで、お土産にしたかった日本酒リスト
●「写楽のうすにごり」(宮泉銘醸)=もともと薄にごりが好きで家でも「杣の天狗」がご贔屓。ところが、このお酒は2週間に一回くらいしかお店に出てこないお酒だとか。お土産断念。
●「山王丸」(開当男山酒造)=ブルーの瓶の冷酒で、さっぱり辛口。このお酒がなかったので、同じ酒造の純米辛口(生)に。
● 会津娘「無為信」(高橋庄作酒造)=日本酒バーで教えてもらったお酒。美味しくて、お土産にゲット。
●「会津中将」(鶴の江酒造)=純米吟蔵をお土産に。

この他にも「月弓」「奈良萬(喜多方のお酒)」「末廣」「飛露喜」などをいろいろいただきました。



月満ちてまた地図ひらく海の旅


遠足や忘れられない忘れ物




2019年6月14日金曜日

維新探検隊、白虎隊に出会う



 「八重の桜」ブームも一段落の、会津若松に行ってきた。1年ぶり。いつもの維新探検隊の探索がメイン。
会津はJR駅前の像からお土産まで、「白虎隊」が色濃く印象づけられている。写真の石像は、白虎隊の墓から5分ほど歩いたところ。彼らが自刃した場所に建てられている。見ているのは、火と煙に包まれた鶴ケ城。城が落ちたと思い切腹してしまうのだった。


会津藩は藩としての統制がとれ、文武両道優れた武士たちのおかげで、徳川本家からいいように使われてしまう。京都守護職に松平容保が就いたときも、断りきれず、持ち出す資金で藩も民も貧しい思いをした。

さっさと逃げた徳川幕府にかわり、戊辰戦争を最後まで戦い抜き、多くの命を失い、斗南藩へと流されてしまう。「ならぬことを、ならぬ」としてきた会津藩の悲劇が、人にも町にも色濃く漂っているのだった。


それにしても、よく歩いた。。「あかべえ」「ハイカラさん」という観光周遊バスを利用しても、歩く歩く。会津藩主の御廟や、近藤勇の墓などはほとんど山頂。しかも雨が降りはじめ、苔むした石段のやばいこと。いつものことではあるけれど、思い切り疲れ切った足で、おいしい居酒屋を探すのだ。




透かし見る諭吉の夏の旅疲れ




2018年7月7日土曜日

サボっていたら、はや7月




おばんでやんす。ブログサボっていた間にいろいろありました。大きなイベントでは九州ドライブ旅行でしょうか。昨年の6月に続いて、維新探検隊との合流で九州へ行ってきました。宗像神社へ行ったあと田原坂で維新探検隊と合流。
その後、鹿児島市内での維新散策や知覧などへ行きました。毎夜(と言っても2日ですが)飲み会付き。皆さん相変わらず元気です。
探検隊と別れた後は、霧島神社や宮崎の海岸、青島神社などを巡ってきました。





ところで私はと申しますと、まだ少しづつですが仕事しています。会社や友達のものなど、お声がかかれば企画とライティングしています。なにしろナマケモノ、やる気まんまんありません。少しの仕事でも、生活のリズムが生まれるのがいいみたいです。毎月のゴルフが楽しめるほどの微々たる収入ではありますが、それで十分。ありがたいです。


それとは別に、大阪へ月3回ほど飲みに出かけてます。会社の仲間や学生の時の仲間です。2時間ほどの飲み会のためにわざわざでかけてますが、これが面倒くさくなったらダメなのでしょう。久しぶりの今日はまぁ、近況報告ってことで。




虹の島火山と暮らすとはいえど


海の日や拾いし貝の声を聞く (鯛風)





2015年11月8日日曜日

維新の面々とお江戸探索へ



わいわいがやがや集まって維新を探検する面々と今回はお江戸探索に出かけた。勝海舟と西郷隆盛の無血開城への会見の場跡。ふたりで江戸の町を見下ろしたという愛宕山。井伊直弼が暗殺された桜田門。大村益次郎像がでんと建つ靖国神社。彰義隊が戦った上野黒門跡。西郷像に、谷中霊園の徳川慶喜公の墓と見所満載の1泊2日であった。

いつものことだが、この旅は番外編が面白い。今回は行く先々で、「正岡子規」の風に吹かれた。
上野公園の野球場は「正岡子規記念球場」という名が付いていた。子規が野球に熱中しプレイしていた球場だ。谷中には子規が大好物というお団子やさんがあった。この芋坂の団子屋は鴎外や漱石なども通ったという老舗。僕たちも焼き団子の串と餡の団子の串をセットでいただいた。そしていよいよお目当ての「子規庵」へ。子規が晩年を過ごした終の棲家だ。俳句を詠む人には聖地なのだろう。グループの方が大勢見学され、帰りには俳句ボックスに投稿されていた。

NHKドラマの「坂の上の雲」を見ていたから、この住まいの子規の暮らしもリアルな感じでよみがえる。へちまがいくつも成る棚も、風に揺れる鶏頭の花もそこにある。元気いっぱいの子規から、病に伏す子規まで。彼のまわりはいつも、弟子たちや友人の熱いまなざしにつつまれていたようだ。

松山に行ったとき休館で入れなかった「子規記念博物館」の仇を江戸で討ち取った。へちまの絵が描かれた手ぬぐいをお土産に買った。






ぶらさがる 命いとしや 子規へちま


団子喰う 皿にへちまの 影揺れて



2013年11月24日日曜日

久々の維新探検、茨木に全員集合


とつぜんの病気に見舞われたり、体調不良が起こったり、家庭の事情がなんやかやあったり、全員揃うのもなかなかままならない維新探検隊。この日ばかりは全員集合。めでたく維新探検番外編とあいなりました。探索するのは、昨年末からお預けになっていた「茨木」へ。

阪急茨木駅で集合し、まずは茨木城の面影を訪ねて散策。それにしても駅前の商店街は大きく活気があり素晴らしい。ちょっと横町にはいるとタイムスリップしたようなお店が並ぶ。ここだけをじっくり見ても面白いかも。

続けて川端康成記念館や、富士正晴記念館へ。とくに富士正晴の世界が楽しく紹介された記念館は特別イベントもあり、楽しく見ることができた。
お昼はざるそばと天むす。このあとは、西国街道の郡山宿の本陣を訪ねる。
かつては御成門脇に咲く五色の椿が有名で、「椿の本陣」と呼ばれたところ。大名行列の宿泊の様子を、現在の当主が語ってくれる。

帰りは西国街道をぶらぶら歩いて、茨木駅前へ。お疲れ様、「こがんこ」で盛り上がった打ち上げとなりました。それにしてもまぁ、皆さんよく食べはること。お元気で何よりです。

2010年7月11日日曜日

龍馬の隠れスポットへ

先週は、久々の維新探検隊。本降りになってくる雨のなかを、前に探索した二条城の、その周辺を散策する。まずは、六角獄舎跡へ。安政の大獄以後、多くの志士が収容され、禁門の変の時に30数名が処刑されたとある。そのあとに、マンションが建つ。
ボクちょっと、ここには住めないですわ。その石碑のすぐ横には、「日本近代医学  発祥の地」の碑が。医師・山脇東洋により、いわゆる解剖というモノが初めて行われた場所らしい。

このマンションのすぐ側にある「武信稲荷神社」へ。龍馬とお龍さんがデートの待ち合わせをした神社。なんでも獄舎に捕らえられているお龍のお父さんの様子を見るためだったとか。

なんてマニアックな探索ポイント。住宅地の中にぽっかりと、緑のポケット、いい感じ。境内に立つ榎(えのき)の木にはかつて、「龍」の落書きがあったとか。龍馬が木に彫り付け、お龍さんに無事を知らせたらしい。それにしても、新撰組の壬生の屯所がすぐ近くだというのに、なんと大胆なお二人。

ここまでは5人で探索。遅刻した隊士との待ち合わせでJR二条駅へ。途中、御池通の小浜藩邸跡には古美術店が。そのショーウィンドウには、芹沢鴨のものと伝えられる刀が鎮座しておりました。
かの隊士と合流後、千本の「出世稲荷」へ。ここ神社には、新門辰五郎寄進の祠の狛犬や、マキノ省三監督寄進の鳥居などがありました。ここから、所司代跡などを訪ねながら、街へと向かう。柳の馬場三条近くには、お龍さんのお父さん(楢崎将作)の邸宅跡が。さすが「龍馬伝」ブーム。ここにも真新しい石碑が建てられていました。

今日はもうこれで、飲みに行こう。ということで、新京極・スタンドへ。いろんな肴があって安くて、気安く過ごせる、大衆酒場。いや、食堂。早い時間から呑めるということで、最近ちょくちょく利用してます。すんなりこれで終わるはずもなく、隊士3人ほどは、雨にけぶる祇園方面へと消えていったのでした。

2010年2月11日木曜日

重文の中、ぷらぷら歩ける

この前テレビを見ていると、京都府警の建物がアンティックで格好よかった。どこかの大学の校舎を利用していると思っていたが、違う局の警察ドラマでもその建物が出てきた。タイトルのロケ地協力に、京都府庁旧館の名前があったので出かけてみた。
京都府庁は前に、維新探検隊で訪ねたことがある。新撰組に関係ある京都守護職上屋敷跡だからだ。その時も正面の門は閉まっていた。閉まっているので入れないと思っていたが、なんの東門から自由に入ることが出来た。

威風堂々とした姿の京都府庁旧館は、明治37年竣工(下の写真)。今も現役の庁舎として使用されている重要文化財だ。

ちょっとエアコンなど問題ありそうだが、天井も高く、こんな場所で働くのも悪くない。自由に歩き回れ、昔の重厚な建築美にしばし見とれる。平日なら旧知事室にも入れるらしい。
中庭の作庭がまた、無鄰菴でおなじみの小川治兵衛さんだ。水の流れはないが、さくらの季節は美しそう。ベンチで読書しながら、うたた寝するにはぴったりのお庭だ。

そうそう、テレビドラマの京都府警も本物でした(上の写真)。府庁の隣りに「コの字」形に正面の庭を囲んで、府警の建物が建っていました。もちろんこちらも現役。明治の建物が、平成でもしっかりお仕事している。京都ってシブチン。でもなかなかいいやん、と思えるお散歩でした。
この旧館の外や中は、きっといろんなテレビや映画でロケされているはず。休日に京都御所方面におでかけの折には、ぜひ一度お立ち寄りください。無料です。

2009年8月10日月曜日

隊士、舞妓茶屋に遊ぶ


この前の土曜日は、維新探検隊一年ぶりの、納涼飲み会。今年は、三条河原町の、池田屋にて開催されました。新撰組が勤王の志士を急襲したあの池田屋跡に、居酒屋が誕生。新聞にも載るなど、話題になったお店に我々も、というわけです。「蒲田行進曲」で銀ちゃんに切られてヤスが階段落ちする、ロングな階段も再現されています。酔っ払いが足を滑らせても大けがしないよう、踊り場をつくったり、ちょっと鍵形に変形されています。
4時からまる2時間。いつものことながら、よく呑み、よく食べ、満腹満腹。さて、お次は。先斗町辺りをそぞろ歩きたいというヨウドウ殿様にしたがって、三条小橋を渡ります。

先斗町に入ると、なにやらいつもと違う佇まい。なんと歌舞練場で、「舞妓茶屋」というビアホールがオープンされているではないですか。舞妓さんの踊りを楽しみ、おしゃべり&写真を撮ってOK。さらに生ビールとおつまみがついて1,500円というお値打ち価格。建物の中の席は一杯で、外の桟敷で鴨川を眺めながらのビールとなりましたが、「市笑」「光菜」と舞妓さん二人もちゃんとお話しに来てくれます。あ~、こんなことなら浴衣着てくれば良かったァ。この催しは、土曜日まで、お盆休みのみ。行きたい人はこの1週間に、イソゲ!

ビアホールの中の写真はどの写真も人の顔だらけ。舞妓さんのお顔を出すわけにもいかないので、歌舞練場入り口の看板でゴカンベン。隊長のピースサインが、この夜の雰囲気を物語っております。 
ここで帰ればいいものを、もう一軒いくのが悪いクセ。昔懐かしいサントリーバーで、ウィスキーロックなどをいただいたために、次の日はけっこうアタマが痛かったのでした。隊士の皆さん、お疲れさんでした。

2009年3月15日日曜日

維新探検隊、京阪・橋本台場跡へ


「わてらは、維新探検隊」。昨日は久しぶりの維新探検隊の日だ。このblogをはじめてからは、初めての探索の日なので軽く自己紹介しておこう。
ある会社、ある仕事を通して知りあった人たちが、維新の足跡をたずねて京都を歩こうという企画を始めた。はじめは数人でスタートしたが、その後ワタシのように何人かが参加し、もう十数年続いている。その仕事が終わっても、会社を辞めても、気の合う仲間たちでワイワイガヤガヤと維新の面影を探して歩き、夕方からは飲み会に突入するという七人の志士たちの集いだ。定年リタイア組3人、現役4人。みんな、年に2〜4回の探索をこれからもずっと続けていく使命に燃えている。

ということで、昨日は京阪電車の「橋本駅」集合。前の夜からの土砂降りの雨も、ようやくあがりそう。昨年新聞で話題になった「楠葉砲台(台場)跡」へ、南へ500mほど歩く。東京の「お台場」等と同じく、外国船を打ち払うための砲台台場跡で、対岸の島本側と対にあったという。討幕派への関所機能もあり、勝海舟が設計したものらしい。想像力を働かすと、田んぼの中に、五稜郭の一部をミニ化したような堀のカタチが見えてくる。河川台場は全国でもここにしかない。
その後は、駅の方に戻り、旧橋本遊廓の町並みを歩く。そして淀に戻り、「愛宕茶屋」や「千両松」など鳥羽伏見の戦いの跡を見て歩く。約1万6000歩ほどの探索であった。

打ち上げはいつもの、伏見「鳥せい本店」へ。夕方から、皆さんに申し訳ないほど呑んで食べました。この探検隊、実は、京都市内の維新の名所はほとんど行ってしまった。大阪のポイントも幾つか廻ったし、神戸にも行った。あとは交通の便の悪い京都郊外や、今回のように1箇所でも見るべきものがあれば探索に向かうということになるのだろう。萩にも行ったし、長崎、高知にも行った。次のお泊まり探索へ、あっちはどうか、こっちはどうかと頭を悩ませることも、これからのお楽しみだ。