お気楽さんぽ

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2013年7月21日日曜日

マドラスチェックの季節だわ


暑いなぁ。あちちやなぁ、この夏は。昔なら、夏のVANは、このマドラスチェックが定番やったね。
高校から大学1年くらいの時、マドラスチェックのボタンダウンをよく着てましたわ。簡易に染めているので、ものすごく色が落ちた。他のものとは洗えず、別に洗濯してたもんね。でも、この、色落ち具合と、色の混ざり具合と、安物のコットンらしい、くたくたになる生地がなんともいえない味わいを醸すのです。
でもやっぱり、この色落ちへの消費者の文句が多かったのでしょう。インドで染めたマドラスはだんだんと少なくなり、ついに見かけなくなりました。マドラスチェック風の色の落ちないそれ風のシャツはありますが。


ところで、IVYの流行は面白い。つい3年ほど前も流行ってました。”TAKE IVY”がまた、バイブルのように売られていました。何回も生き返ってくる。ゾンビのような、なかなかしぶとい本です。とか思ってたら、呆気なくそのブームも終息。いやいや流行の回転の早いこと。

写真のシャツは15年ほど前に、偶然見かけて買いました。マドラスチェックってまだ、あったんだ。色違い2枚買って、まだ着てます。このシャツの色が落ちていく感覚が好きなのかもしれません。最近はユニクロの麻のシャツをよく着てます。これも、ほどよく色が落ちていくからです。
くたくたになったシャツやパンツを、ピシッと着こなす。これが理想です。そのためには背筋をピンとする、これができないのです。

2012年3月2日金曜日

あの頃のスキー、懐かしいなぁ

友人の久しぶりのスキー奮闘の話をきいて思い出しました。ボクたちがスキーを始めたのは「白い恋人たち」で有名になったグルノーブル・オリンピックの前後くらいの頃。初めて行ったスキー場は栂池。京都大学の農学部のスキーツアーに中学の友だちと5人くらいで参加したのが初めてです。流行の(?)トンボゴーグルに、昔ながらの登山ヤッケ、スキー靴はひもで、ビンディングは前にバネを倒す旧式のもの。思い返せば、変な格好ですね。

初めて2日目というまだボーゲンも満足に出来ない初心者のボクたちを、学生のスキーの先生は無謀にも頂上まで連れて行ってくれたのです。
問題は帰り道でした。当然バス道を滑って降りたのですが、ビンディングは凍てつき、バス道も凍てつきガタガタ。誰かのビンディングが外れて直して滑ると、また誰かのが外れる。そんなこんなであたりはもう真っ暗。夜8時を過ぎれば捜索隊が出るという時間でした。ボクたちは半分遭難していたのでした。京大のバカ学生め。
覚えているのは、スキーのエッジとバス道の凍てついた石とがこすれて飛び散る火花がきれいだったこと。冬山登りの人がテントの前でラーメンを食べていたこと。なかなか辛いスキー初体験ではありました。

やたらスキーに行きだしたのはその後、大学に入ってから。体育の単位をとるため学校のスキーツアーにもよく行ってました。ゲレンデは相変わらず栂池、そして八方尾根が多かったなぁ。社会人になっても、冬はよく信州に出かけてました。スキーはヤマハ、ジャケットは白いリバティベル。ヨーロッパのスキーからアメリカのスキーの世界がかっこ良くなってきた時代でした。年末年始を休んで、会社から怒られたこともありました。写真のスノーボードがそろそろ登場という時代。ゲレンデはスキーヤーの天国でした。スキーの話だけで、これくらいの文章なら50本は書けそうです。しかし、写真がないなぁ。

2009年10月18日日曜日

VAN育ち

この前久しぶりに、クロストシユキ氏の姿を新聞で見た。歳はとられても、ファッションの仕事をされているようで、あの頃のイメージが残っていた。
ワタシは団塊の世代ではないけれど、それでもVANの洗礼を受けて育ってきた。はじめの出会いは、昭和38年くらいのことだ。

東京の親戚に3つ歳上の中学生のお兄さんがいて、お古のボタンダウンやセーターを、あの赤ロゴの紙袋に入れてもらったのが最初だ。それからというもの、学生から社会人になっても、服の多くはVAN系が中心となった。といっても結構高価で、中学生にはなかなか手に入れられない。まずはアルミのクシや、コイン入れといった小物がワタシのVANでありました。
ちょうどヴァイタリスやMG5が発売された頃。あのころの男子はみんな同じ匂いだったのだろう。

たまに買うのはマドラスチェックのシャツ。コートやジャケットやジャンパーなど本格的なワードローブを手に入れるのはもっとずっと後、アルバイトをしだしてからのことでした。

中高生たちのファッションの教科書は「メンズクラブ」だった。このメンズクラブを数年、じっくり読み続けたことで、洋服のスタイルやアイテムの名前、生地の名前や由来、コーディネイトのポイントから、映画の見方まで、どうでもいいけれど、ちょっと大切なことを学んだような気がする。その先生の一人が、クロストシユキさんでありました。

ちょっと探してみたけれど、VANのブランドがついたものは、このコーデュロイのジャケットだけ。もちろん小さくて着れないけれど。愛すべき古着たちは消えていってしまった。あと残っているのは、「KENT」のスーツとジャケットだけだ。
アイビー。埃っぽい時代の、甘い香り。アナタノ手元ニ、VAN ハ残ッテイマスカ ?

2009年2月28日土曜日

インバネスを見た


インバネスって知ってます?昔、学生の頃、伊丹十三にちょっとかぶれていて、彼のエッセイでその存在を知ったのが初めてでした。もちろん、小さい頃はインバネスを着たおじいさんを見かけたことや、映画の中で見たことはありましたが、インバネスという名前は知りませんでした。シャーロック・ホームズが着ているコートなのですが、日本のものはちょっと雰囲気が違うのです。

着物の上に羽織るコートのようなモノで、大抵は帽子やステッキと一体になったファッションで、バットマンのマントのような怪しげな雰囲気を持っています。伊丹氏のエッセイにはイラスト入りで説明されています。で、この間ひさしぶりに見たのです。家の近くを走る嵐電(らんでん)という電車の中で。年のころは65〜70歳くらいのそんなにお年寄りでもない人が、ピンと背筋を伸ばしてインバネスを着こなしていました。カッコイイ!そういう人に私はなりたい。でもなぁ〜、正月くらいしか着物着ないし、姿勢悪いし‥‥。

ユニクロのようなファッションが流行るのは、それはそれでいいけれど、なにか薄っぺらな社会に相応の薄っぺらなファッションが多くて面白くありません。昔の人は貧しかったかもしれないけれど、ここ一番という時にはウールの仕立てのいいジャケットを着たりして、いいものを身の回りに置いていたような気がします。帽子をかぶっている人も多かったし、パイプなどに凝っている人も多かった。大人のファッションという面では、昔の人の方がはるかに本物度も、成熟度も、色気も勝っていたようです。時代に流されない大人のファッションを取り戻す。そうした責任感が私たちの世代には必要なのでしょう。