お気楽さんぽ

お気楽さんぽ

2010年6月13日日曜日

植物の不思議と遭遇

休みの昼間。いつものように、ボケーッと寝ころんでテレビを見ていたら、パンッ!!とモノが落ちる音がして、何かが飛んできた。正体がわからなかったので、またテレビを見ていると、また15分後にパンッ!!と音がして何かが飛んできた。ソファに飛んできたモノを見ると、「あの種」がはじけて、飛んできたのだ。

「あの種」は昨年の秋、どこかで、3つ拾ってきて本棚の上に置いておいた。そのうちの二つがさっきはじけたのだ。もう一つもはじけるのだろうか? すると、30分後にまたはじけて飛んできたではないか。

植物って、不思議だ。こうしてはじけて、少しでも遠くへ種を飛ばし、仲間達を増やしていくのだ。しかも時限爆弾が働いているように、同じ日の同じ時刻に、爆発して種を飛ばす。その精密さにびっくり。

で、はじけて飛んできた種を、大根のプランターに蒔いておいたら、芽が出てきた。藤の芽だった。そうそう。美加の原のゴルフ場の藤棚で拾った種を、ゴルフバッグに入れておいたのだ。藤の木は、ミニ盆栽にして育てる人も多いらしい。とりあえず植木鉢に移して様子を見ることにした。

藤は、ぐんぐん大きくなるようだ。今NHKでやっている「てくてく熊野古道」で、どこかの家の藤の木が紹介されていた。25年ほど前に植えた藤がどんどん大きくなり、今では町内みんなでないと管理できない、名物の大木に成長していた。そんなに急に成長されても困るけど。

みんなも藤の下で、こんな種を見つけたら、拾っておこう。忘れた頃に、突然はじけてビックリさせてくれる。植物の不思議を教えてくれる。

2010年6月5日土曜日

ポンポン山へ、木漏れ日の道

舞台の花道の幅より細い小径がつづく。木漏れ日が美しい縞模様を描き、ときどき風がさぁ~ッと吹き抜けていく。木立の向こうに青い空が見え、前を歩く人たちの声が響いてくる。
尾根道を歩くのは本当に気持ちがいい。こうした明るい景色が続くコースだからこそ、このポンポン山への山歩きは人気があるのかもしれない。

この前の土曜日は、「てくてくハイキング」。六甲山以来のお久しぶりの面々との山歩きだ。目指すは、ポンポン山。京都と大阪の府境あたりにある山で、京都のハイカーにとっても人気の山。小学生の頃から登っているという人も多いはず。ただ、標高679mと、ちょっと高い。コースもいろいろあって、初心者からベテランまでそれなりに楽しめる山みたいだ。

私たちは、7人というちょうどいい感じのグループで、JR高槻駅に集合。バスで摂津峡方面へ。役行者ゆかりの「神峰山寺(かぶさんじ)」から、「本山寺(ほんざんじ)」を通り、ポンポン山の頂上へ。愛宕さんのように途中までは参道をハイキングしていくコース。
登り坂は穏やかだけど、距離は長い。「本山寺」からポンポン山へは、気持ちいい尾根道が続く。

そして、山の頂上。京都方面、枚方・奈良方面は180度の絶景。天気がいいだけでなく、空気が澄んでいて、かなり遠くまで見晴らせる。遠くは近江富士まで見渡せた。ここでお弁当。山の名の由来、ポンポンと地団駄踏んでみましたが、ポンポンと音は響きませんでした。残念。
帰りは、京都の善峰寺をめざして降りていくコース。登りはなく、一気に下っていく感じ。あっという間に善峰寺に到着。ここで一服したあとは、JR東向日町へ。おきまりの打ち上げへと、心ははやります。

2010年5月22日土曜日

ゴミ捨てんな、海に流れるから

ワイキキの通りを下を見て歩いていると、この「ウナギイヌ」のような魚がところどころに出没し、おまえゴミ捨てるなよ!と注意してくれます。太ったヤツやちょいヤセ気味のヤツなど、いろいろいましたが、みんなこうした流し目で語りかけてきます。
ワイキキは山側から海側へとなだらかに坂になっているから、ひどい雨が降ると一気にゴミが海に流されてしまうのです。人のゴミで、海の生物を泣かせるなというメッセージです。

ハワイでは「生き物たちを守る」という考え方が徹しているようです。釣り人には釣り糸や釣り針の徹底管理を、旅行者にも鳥に餌をやるな!など、いたるところに看板が出ていました。

人間の横暴な行為で弱い動物たちが傷つかないよう、手厚く保護していこうという考えが、日本などよりうんと具体的に実行されています。
ハナウマ湾などでは、珊瑚を守るということもあり、水性の日焼け止めオイルはダメとか、サンゴ礁の上に足を降ろすなとか、15分ほどのビデオを見てからでないとビーチへは入れませんでした。

ただ、家のゴミとなると話は別みたいです。オアフ島では、燃やすより埋め立てるゴミの方が圧倒的に多いとか。ゴミの分別とかなると、まだまだ全然ダメだそうで、数年前から一部の町でやっと始まったそうです。でもきちんと分別する人は少なく、「どうなることやら」状態とか。その辺はハワイで暮らしている日本の人の方が慣れているし、意識も高いようで、ゴミ分別の活動をしている日本人ボランティアも多いそうです。

それにしても、あちこち工事の多かったワイキキですが、この「ウナギイヌ」の効果かどうか、ゴミで汚いという場所はありませんでした。

2010年5月16日日曜日

いずれ あやめか かきつばた

昨日の夕方、クルマのラジオから、葵祭のための交通規制のニュース。ああ、葵祭だったのか。すっかり忘れていました。藤の花で飾った牛車が、御所から下鴨神社、上賀茂神社へと進みます。このお祭りに参加している人はみんな、ふたば葵の瑞々しい緑を飾りにしています。ふたば葵は上賀茂神社のシンボルのようなもので、いろんなところにデザインされています。

あちこちに自生していたはずの、このふたば葵が最近少なくなってきたそうです。近くの小学校では、みんなで育てているとか。植物園で見かけたときには、小さな花を咲かせていました。葉っぱの裏で、実のような、花を咲かせています。上賀茂神社のふたば葵にも、この花が描かれています。

ところで先週、この上賀茂神社の摂社である、大田神社の「かきつばた」を見に出かけました。一千年前も、この辺りの沼沢地で咲きみだれていたらしい。
ここの自生のかきつばた群落は国の天然記念物に指定されているそうです。
昨年6月、シネマ探検隊で訪れたときは残念ながらもう終わっていました。シネ探の皆さん、大田神社のかきつばたは、こんな感じですよ。

神山や 大田の沢のかきつばた 
ふかきたのみは 色に見ゆらむ
           (藤原俊成)

この辺りの水は、わき水が多くきれいです。上賀茂神社の社家の間を流れる小川では、子ども達が水に足をつけたりして遊んでいました。あ~ぁ、もうすぐ夏が来る、という感じです。

2010年5月8日土曜日

カタクリ探して、赤坂山ハイク

GWの初日1日は、湖西・マキノ高原の赤坂山へ、ハイキングへ行ってきました。昨年、伊吹山へクルマで上がったときに、向かいの湖西の山から眺める伊吹もいいよという話がきっかけです。カタクリの花が咲く、GWの頃にという予定通りのハイキングです。

家を7時に出て、友だちと合流し9時半にマキノ高原へ。「冬ソナ」でちょっと有名になったメタセコイヤの並木道を通ると、高原の駐車場はすぐ近く。クルマを止め、即、アタックです。入り口は設備の整ったオートキャンプ場で、場所決め抽選のキャンパーがいっぱい。さすがGW。登山入口にも老若男女のハイカーがちらほら。春の花が楽しめる人気の山歩きコースとか。

ハイキングのコースは、マキノ高原(スキー場)から、武奈ノ木平を通って粟柄越え、赤坂山の山頂へ。標高823.8m。ここでお昼。その後、寒風まで歩き、そこから下山するルート。写真の右の山が赤坂山、左の方が寒風方面です。
雑木林の中を登るコースは、明るくて気持ちよし。途中まではせせらぎの音を聞きながら、快適。見晴らしも良く、マキの高原の別荘地やキラキラ光る田んぼ、琵琶湖の湖面が眼下に遠くなっていきます。

ルートのあちこちに春の花。オオイワカガミは、あと2週間すれば満開という感じ。スミレとカタクリの花は、いっぱい咲いていました。こういうコースを歩くと、山の花の名もすこし覚えるようです。
でも、しんどかったワ。山歩きで23,000歩。標識では12~3km歩いたことになります。GWが終わっても足の筋が痛い感じ。このコースを高校の山岳部の面々は20kmの荷物を担いで、トレーニングに励んでおりました。

次、来るときは、最近使ってないテントを引っ張り出してキャンプもしてみたいなぁ。これくらいの斜面ならスキーもまだ出来るかも。遊ぶアイデアはいろいろ出てくるのでありました。

2010年5月5日水曜日

「のらくろ」の正統トルコライス 


学生時代にトルコライスなる食べ物を知って、ひそかに大好物リストに書き込んでおきました。なぜ、「ひそかに」かと云うと誰も知らなかったからです。メニューにしている店が他になかったからです。トルコライスとは簡単に云ってしまえば、オムライスの卵の部分に、一口ビフカツがとじられているものです。
ちょっと、まっったぁ! と向こうから声が聞こえました。ポークカツでないとダメなのよ、トルコライスは。と、その方は云うのです。その方は同じ会社で、もう何十年もいっしょに呑んでいるのにトルコライスのファンだとは知りませんでした。エェッ、てなもんです。

で、そこからは情報交換。大阪にはこんな店があるで。京都にはこんな店が。というわけで、京都代表はこれ、「のらくろのトルコライス」です。

その方の話では、どうもトルコライスの元祖は、チャンポンと同じように長崎にあるらしい。なるほど、グラバーさんも住んでいた長崎。鎖国日本の唯一の貿易港であった長崎。さもありなん。トルコライス発祥は長崎と、いさんで探索に出かけたのであります(本当は維新探検がメインプログラムでありましたが)。
ところが、彼の地のトルコライスは、トリコロール・ライスの略で、カレーピラフとトンカツとスパゲティが一つの皿にセットされているものでした。これちゃうやん。「これちゃうやん」でも、元祖トルコライス。そういうことを大事にする二人は、彼の地のトルコライスもおいしくいただき、こうして話のネタに使い回すのです。

その後、大阪代表の一番手として「ステレオ」のトルコライスを食べに行きました。大阪はまだまだお店があるようですが、京都は他に知らないなぁ。とか思っている間に、さすがブログの時代。ネットを見たら、なんとトルコライス専門ブログや、食べ歩きブログなど情報満載。全国各地からトルコライス情報が発信されているではありませんか。隠れていた文化が、表に顔を出しはじめたようです。トルコライス侮れず。好きな御仁がしっかりいるものだと感心しきり。「ひそやかさ」がなくなって、少しさびしいけれど。

2010年4月26日月曜日

東大阪に、東洋のハリウッド

町をぶらぶら歩くのは楽しい。そこが、馴染みのない町なら、もっと楽しい。磁場のない場所のコンパスのように、目がくるくるまわってしまう。そしてそれが一人じゃなく、気の知れた数人で、ワイワイ他愛もない話をしゃべくりながら歩くともっともっと楽しい。その終着点が呑み会となると、もう、もっともっともっと、となる。
こうした「時間」を楽しみたいから、いろんな探検隊が増えてくる。

というわけで、今日は(この前の土曜日は)シネマ探検隊だ。今までは京都の昔の撮影所巡りをしてきたので、今回は東大阪にあった昔の撮影所の跡を訪ねる。なんと、そこには京都太秦よりも昔に東洋のハリウッドと呼ばれた撮影所があったのだ。

それが帝国キネマの長瀬撮影所跡だ。今はその跡地の一部に、樟蔭学園の樟徳館(これも素晴らしい木造のお屋敷だ)などが建てられている。樟徳館の門の前には「帝国キネマ」と「樟徳館」の案内板が立てられている。そしてその前の橋は「帝キネ橋」と名付けられていた。

この日は、帝キネの小阪撮影所跡なども訪ね、さらにもう一つのお目当て「司馬遼太郎記念館」へ。入館料500円は高いなぁ。印象に残ったのは、開館してしばらくして出現したという、天井のシミ。見上げれば、なんとおなじみの龍馬の肖像そのままのシミなのだ。不思議(館内撮影禁止、ナンで?これも不思議)。
お腹もすいてきたので、遅いお昼は回転寿司へ。それも、ここから回転寿司が始まったという、布施駅前の元禄寿司さんへ。満腹満腹。まだ飲みに行くのは早いので、ここから今里へ、鶴橋へ、上六へと、ぶらぶらディープな町歩きが始まりました。

2010年4月18日日曜日

ボクは雑誌で育った

「ボーイズライフ」という雑誌があった。小学5年生くらいから2年ほど読んでいたと思う。「少年」というマンガ誌と「平凡パンチ」の間をつなぐ雑誌だった。この月刊誌と出会うことで、雑誌好きになってしまった。と言ってもいいくらいだ。マンガは少なかったが、冒険、ファッション、カーレース、ガン、世界のトピックスとなんでもござれ。小学生にとっていろんな世界を紹介してくれた、ありがたい雑誌だ。中学に進む頃には「平凡パンチ」や「プレイボーイ」という週刊誌が発刊されたし、「F6セブン」なんて雑誌もあった。「ガロ」も話題になった。「朝日ジャーナル」はまだ読まなかったけれど、発刊されたのはこの頃か。

その後「SFマガジン」「ミステリーマガジン」なども読み始める。ボクにとっての雑誌の黄金の時代が始まろうとしていた。

その後「ビッグコミック」など子ども向けでないマンガ誌が現れるし、「話の特集」や「○○責任編集 面白半分」なんて雑誌も読むようになった。「GORO」発刊もこの頃か。「GORO」は、バランスがうまくとれた雑誌で、グラビアタレントの文化を切り開きながら10年近く走ってきた。「NOW」というファッション雑誌もとてもよくできていて、ファッション雑誌なのに小説やエッセイに力を入れていた。今でも雑誌の鏡みたいに思っている。
誰かが深夜ラジオで、雑誌の創刊号を集めるのが趣味という話があって、それはいいと始めた。しかし、「写楽」や「SABU」(ホモ雑誌じゃないよ)「ワンダーランド」、「アンアン」「ポパイ」「ブルータス」や「エスクァイア」とさまざまな雑誌の登場に、創刊号を集めるという試みは財政的な忌憚を果たして消えてしまった。

映画から、テレビへ。アナログから、デジタルへ。さまざまなメディアの登場に刺激されてきた(または翻弄されてきた)世代なのだ。雑誌の種類なら今の方が多いだろうが、個性的な雑誌の数やアブナイ雑誌の種類では昔の方がはるかに多く、面白かったと思う。日常的な文化の濃さが、全然違うのだ。今のハイボールってなんか水に近くない?
昨年春頃からの、オピニオン雑誌次々廃刊のニュースにはじまり、ロングランの雑誌が相次いで廃刊している。雑誌ジャーナリズムや雑誌文化が消えていくのは、寂しい。
こんな時代の象徴ともなったiPadの登場も、少し悲しい。アメリカで売れすぎて、日本発売は1ヶ月伸びたらしい。

2010年4月12日月曜日

春の里で、「笑い仏」


加茂町・当尾(とうの)は石仏の宝庫です。浄瑠璃寺でも行ってみようという人には、クルマを置いて電車で行き、ぶらぶらと山辺の道を散策することをおすすめします。
わたし達はJR「加茂」駅で下車、タクシーで岩船寺まで行き、このお寺をゆっくり見学し、浄瑠璃寺をめざして歩くというコースを選択しました。

岩船寺は平安時代から鎌倉・室町時代にかけて栄えたらしく、三重塔の美しさもなかなかのものです。
浄瑠璃寺もよかったのですが、このお寺はこじんまりとしているのに、風格があり、ここまで来た甲斐がありました。

さて、ここから石仏の里へ。案内板に描かれているものだけでも十二ヶ所ほどに石仏が鎮座されているようです。コースもいろいろ。のんびりと出かけましょう。と思ったとたんに、すぐ一体目が現れたりします。
写真の「わらいぼとけ」はこの里の代表的な石仏とか。銘文によると1299年のもの。こうした自然石に彫られた仏様が多いようです。案内板もきっちり整備されています。雑木林の細道やたんぼのあぜ道を通りながら、ぶらぶらと進みます。お昼はコンビニで買ったお弁当とビールで、「わらいぼとけ」のようになってしまいます。

昔、広告の仕事で、安曇野の道祖神めぐりをしたことがありました。その時はクルマでいろんな道祖神を見て回り、地元で拓本をとっている人を訪ねたりしました。あれも、雪解けの春の頃。
ぽかぽかのお休みの日、この当尾はなによりのコースです。

2010年4月3日土曜日

●●● 嵯峨野の裏道 #10 双ケ岡 ●●●


吉田兼好が居を構え、つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかったのはこの双ケ岡のふもと。南は花園の方から北の仁和寺まで、一の丘、二の丘、三の丘と、三つの丘がおまんじゅうを並べたように連なっています。いちばん大きい三の丘の頂上には古墳の跡もあり、眼下にはほんのり桜色の仁和寺が見下ろせます。三つの丘を登り下りしても20分ほど。山の上のひらけた林では、昔はよく時代劇の撮影をしていましたが、さて最近はどうでしょう。
そして写真の小径は、丘の東麓に整備された道。途中には公園があり、太極拳をするグループ、お弁当をひろげる家族連れ、バドミントンする大学生や、お花見をするホームレスの人たちなど、いろんな人たちに愛されています。兼好が「徒然草」を書いたといわれるお寺もこのすぐ左手に。道を仁和寺とは反対の南に歩けば、西行桜や蓮の花で有名な「法金剛院」もすぐ近く。最寄り駅は、JR嵯峨野線の「花園」駅か、嵐電(らんでん)の「御室」駅です。