お気楽さんぽ

お気楽さんぽ

2010年9月23日木曜日

朝早い嵐山をぷらぷら

お久しぶりです。夏バテで、ブログさぼってました。体調は大丈夫ですが、気分的にサボってました。それにしても暑かったわ。9月に入っても猛暑日が続くくらいだから。動けば汗が出てくるわけで、お散歩も、夕方も無理無理。で、土日のどちらかは、朝6:30頃に起きて、7:00くらいから散歩に行ってました。なんぼでも寝られるワタシには、ひじょうに珍しい行動パターンです。


この前の休みは、嵐山に早朝散歩に行ってきました。ワタシには早朝なのです。ひょいと嵐電に飛び乗り、帰りにぶらぶら1時間半ほど歩くコース。朝早い、観光客のいない嵐山がこんなに気持ちいいとは新発見でした。朝の風は清々しく川面を渡り、斜めからの朝の光に川面はキラキラとしています。観光客の熱気も埃もなく、犬たちも自分のテリトリーをゆっくり歩いています。


川舟遊びのボートの上では、白鷺がのんびり川面を見つめています。白鷺は船遊びが好きなようです。このあと、広沢の池の方にまわった時も、白鷺が屋形船の屋根にいました。そういえば、ちょっと前、高台寺の枝振りのいい松のてっぺんで、辺りを睥睨しているような白鷺を思い出しました。日本画を見ているようないいシーンでした。


この日は夕方から鴨川へお出かけ。恒例の維新探検隊の川床宴会でした。武市半平太が上洛した際に泊まっていた「丹虎」という料亭跡で、今は「金茶寮」という料亭。武市の泊まっていた部屋の、南天の床柱にもみじの板を張った床の間は、そのまま残されていました。朝は大堰川、夕は鴨川。体内に残る夏の暑気が、川風に冷まされていくようです。


2010年8月29日日曜日

●●● 嵯峨野の裏道 #11 仁和寺の裏 ●●


御室桜で有名な仁和寺の裏に、瓦を重ねた土塀の美しい道がある。春には聾学校の桜並木からの花びらが、降りそそぎ、道も真っ白に。そして夏は、熱い陽ざしを避け、がんがんに冷房を効かせた車で仮眠する、タクシーの運転手さん達の隠れ道だ。この道を西へ進めば、御室八十八ケ所めぐりへもすぐ。道を後ろに戻れば、しょうざん方面へ抜ける峠道へつながる。

金閣寺や竜安寺から、きぬかけの径(一条通り)をぶらぶらと歩いてくる観光客も多いが、さすがこの横道に入っていこうと思う人はいないようだ。御室のこのあたりは大きな家が多く、生け垣なども手入れされており、さんぽしていても気持ちがいい。ときどき、京都が舞台のサスペンスドラマなどで使われることもある。



2010年8月23日月曜日

昔地図を描くべきだと思った

少しずつ、失っていく。思い出の場所が無くなっていくのは致し方ないとしても、記憶まで。幼稚園まで通ったあぜ道も。台風の時、氾濫したドブ川も。雪ゾリで遊んだ坂道も(昔はそれくらい雪が積もったのに)。自転車を覚えた校庭も。いやいや、場所だけじゃない。お花見をした近所の人たちのことも、引っ越していった友だちのことも、顔とか名前の記憶も薄れていく。


これは、いかん。初めての体験ばかりだったあの時代は、笑顔の記憶に満ちている。素敵で懐かしい、あの時間を引き留めておくためにも、昔の家のまわりの地図を描いておこう。記憶が薄れていくものなら、その前に記録しておこう。

と思って、まだやっていない。今ならまだ、家の垣根の佇まいや、町内の道や、家々の隙間に、古い町の面影が残っている。その頃の時代の匂いも思いだせそうなのに。


早く手を付けないと、と思いながら、老後のお楽しみにとっておこうとも思っている。まぁ後でゆっくり出来るだろうと。でもきっとこういうことは、どんどん忘れていくディティールの部分こそが面白いのだろう。懐古趣味と笑われても、楽しい思い出に浸れるなら、宝物のような時間は大切にしていこう。

ところで、Google Earthでも、今の写真ではなく、古い写真の世界をトリップ出来るサービスがあるみたいだ。どういうサービスに成長していくのだろう。年齢を重ねるほど、土地土地への思い出や記憶のレイヤーも重ねられていく。若い人たちより二倍も三倍も楽しめるサービスになるのかも知れない。


2010年8月16日月曜日

ピニャコラーダを、もう一杯

今日は、「ピニャコラーダ」をつくってみました。ホワイトラムとココナッツミルクをミックスしたロングカクテルです。くせのあるココナッツの甘さが嫌いだという人も、甘いカクテルは苦手だという人も多いかもしれません。が、カァ~ッと暑い夏の午後にはこの甘さが懐かしい感じです。

ウィキペディアによると、プエルトリコのバーで生まれたカクテル。きっと、ハバナやマイアミあたりのパーティで流行したのでしょう。海流の島々で、夕焼けを眺めながらいただけば最高なのに。


いざつくってみようと思っても、ココナッツミルクがなかなか見つかりません。

最近は家でカクテルをつくる人など少ないせいか、売れ筋以外のお酒関係はあまり店には置いてないのです。ところが、サントリーから「cocomo」というラムをベースにしたココナッツリキュールがありました。これで簡単に「ピニャコラーダ」がつくれました。


パイナップル好きのワタシとしては、飾りだけではもの足りず、細かく切った果肉をいっしょに混ぜてみました。そして、ホワイトラムを足して、少し強めに。出来上がりは、なかなか。バーで飲むより濃いめの味わいがあります。

家では、こうした大きめのグラスで、たっぷり時間をかけてのめるロングカクテルをより多くマスターするほうが楽しめるみたいです。

2010年8月15日日曜日

ギムレットを、もう一杯


昔、ハードボイルドを読んでいた頃 = おしゃれな映画が多かった頃、カクテルに凝った時がありました。ホテルのバーや、街の古いバーなどにも足を運んでいました。そして夏には、自分でシェーカーでシェイクし、カクテルをつくったりもしていました。その頃買った、バー「ラジオ」のカクテルレシピ本は今でも宝物です。

この盆休み、このカクテルをちょっとつくってみようと思いました。はじめの一杯は、もちろんギムレットです。


これは多分、父親の影響なのでしょう。わが家に古くからあるサイドボードには、幾つかのカクテルグラスとシェーカーが残されていました。洋酒のミニチュア瓶を集めるのが数少ない趣味の一つだった父親の、名残です。この前、しお爺さんにサントリーの「洋酒天国」をまとめた本をいただきましたが、ウィスキー文化(洋酒文化)が宣伝されていたその頃は、どこの家庭にもこうしたカクテルセットがあったのかもしれません。

(最近はこのミニチュア洋酒がめっきり少なくなってきましたね。ちょっとカクテルをつくりたい時に困ります。)


ということで、久しぶりのギムレットです。気分は、フィリップ・マロー。すぐにシャキッとしたグラスが見つからなかったので、写真のようなまったりとしたギムレットですが、味はなかなか。ライムジュースを使わず、生ライムを搾ってつくりました。ちょっと強め、そしてかなり辛めのギムレットです。

明日も、グラスをキンキンに冷やして、優雅な時間をシェイクします、ベイビー。


2010年8月8日日曜日

炎天下ゴルフはほどほどに

昨日は、丹波・須知のグランベールへゴルフに。炎天下ゴルフにびびりながら、飲み水も冷却スプレーもしっかり準備して行ってきました。お盆が始まっているのか、日本海への海水浴へいく人たちか、高速のバイパス道に乗るまでの道が混んでいます。いつもなら10分ほどの道が30分ほどの渋滞に。でもバイパスが無料になった喜びは大きく、往復2000円ほどが浮きました。


さすがゴルフ場もガラガラ。今の時期ゴルフする人は、よっぽど好きな人みたいです。けっこう風があり、雲も多かったので、思ったよりは過ごしやすかったですが、午後になると身体の中に暑さがたまり、スコアはどうでもいい感じに。そんな頃、ショートホールのコースの中に鹿たちが4匹、遊びに来ていました。慣れているのでしょう。写真を撮ろうと近寄っても、逃げません。この後一匹は、ティグランドの方まで遊びに行ってました。


今日は亀岡の花火もあるらしいということで、道が混まないうちにさっさと帰ろう!いつもの丹波牛の「いずつ屋」(やすくて。おいしい)で、一口カツを300gほどと中国産のマツタケ780円パックを買って、帰りました。帰りはすいすい。

これからの盆休み、炎天下にお出かけになる人に。冷却スプレー必携です。うなじや脇の下にシュッとスプレーすると、うぅ~と身体が震えるほど気持ちいいです。

中日ドームに乗り込んだタイガースは、今日もぼろぼろにやられています。

2010年8月1日日曜日

横尾ワールドの毒にピリピリ

中之島の国立国際美術館で、横尾忠則の全ポスター展を見てきた。すべてのポスターが展示されるのは、国内では初めてらしい。「天井桟敷」時代や、健さんの時代、インドの時代や、神の生まれ変わりの時代などなど、ほぼ同時代に生きてきた人のポスター展だから面白い。

一枚のポスターから濃厚に漂う、その時代の空気に、こちらの感性が反応してしまう。ポスターが窓となり、その奥から、当時の風や歌や雑音が響いてくる。


七割ほどは、知っている作品だが、これだけ集められて見せられると凄い。こんな量を残せるのは横尾しかいない。寝ない日が何ヶ月も続いていたに違いない。ポスターは、質より、量に価値がある。横尾忠則はやっぱり、時々狂っていたのだと思う。


きっと、今の学生達や、外国の人たちは、優れたアート作品としての鑑賞の時間を過ごすのだろう。けれど私たちは違う。同じ時代を過ごしてきた私たちには、二重にも三重にもオーバーラップする楽しみがそこにある。

マンガ雑誌のおまけのような時間。このポスター展は、横尾忠則からの素敵なプレゼントだ。


ところで、ポスターなどもデジタル・サイネージの時代。動画中心の映像ポスターでは、こうした1枚のグラフィックとの間に結ばれた個人的な関係は育つはずもない。ポスターが楽しめないなんて、カワイソウ。私たちは、いちばん楽しい時代を過ごしてきたのだ。と、言ってしまおう。


同時併載している「束芋」展も面白い。朝日新聞の連載小説「悪人」の挿絵でおなじみになった、束芋ワールド。彼女の世界が70年代の空気に似ていると感じるのは、横尾ワールドに毒されたからか。


阪神タイガースは8:7で中日に勝ち越し、いざ長期ロードへ。次は巨人戦だ。

2010年7月25日日曜日

今日も祭りだ、祇園祭だ

今日は、祇園祭の後の祭り。お昼間の町中では、花町の芸舞妓さんたちも参加する花笠巡行が行われたようです。そんな祭りがあるとは知らず、夕方から鉾町のそばの友達の家に「およばれ」にあずかりました。毎年、宵山か宵々山の日に集まるのですが、今年は後の祭りの日になりました。

それというのも、還幸祭という3基のお神輿が八坂神社へと戻る行列が、彼の家の前を通るからです。中御座、東御座、西御座の順で、今日の町中を練り歩き、八坂を目指します。私たちが見たのが夜の8時半ごろ。八坂神社の階段下で気勢をあげるのは深夜12時頃になるとか。


ところで、先頭の中御座の神輿の前には、馬に乗ったお稚児さんが進んでいきます。


近くにいた祭りの役員の話によれば、このお稚児さんの格式はとても高いとか。長刀鉾のお稚児さんがニュースでは有名だが、山鉾巡行はあくまでも町衆の祭りで、こちらは八坂神社のお祭り。宮中に下足のまま上がっていけるのは、このお稚児さんだけだそうです。向こうは2000万出したらなれるかもしれないけれど、こちらはいくらお金を積んでもなれへんのや、って言うてはりました。


この辺の子どもたちはみな、路上で花火などをして祭り気分を最大に楽しんでいるようです。

今では17日の山鉾巡行が有名ですが、昔は17日と24日に分けられていたとか。それが17日にまとめられ巡行するようになったのはついこの前の1966年からだそうです。巡行の日が2日あったなど、まったく覚えていません。

そのため、この近所の子どもたちはみな、今晩も祇園祭の夜という感じなのでしょう。祇園祭の行事はまだまだ7月いっぱい続けられるそうです。


2010年7月18日日曜日

青空、入道雲、コンチキチン


夏が来たぁ!という感じの青空の下に、山鉾巡行を見に行った。今年は宵山に行かれなかったので、巡行だけでもちょっと見ようと思った。ここで見ようと思った場所は、御池通新町の角。そこに先頭の長刀鉾いたからだ。この角で、辻回しがおこなわれて、各鉾はそれぞれの町内へと帰っていく。


さすが土曜日の巡行とあって、もう人出は最高。はやくも暑さにやられたお年寄りのために、救急車のサイレンが響いている。そうこうしているうちに、長刀鉾の辻回しが始まった。キレイに3度で、直角に方向転換。新町通へと入っていった。

四条通りや御池通りを優雅にパレードする姿より、電柱や古い軒先をぎりぎりかすめて巨大な鉾が曳かれていく姿こそ、昔の町衆の祭りという面影がある。最近はこうしたポイントを知っている観光客が多く、細い道は早い時間から人でいっぱいだ。


長刀鉾のあと、油天神・霰天神の山車に続き函谷鉾がやって来た。函谷鉾の辻回しは残念ながら、長刀鉾のようにはキレイに息が合っていなかった。これを見て、新町から河原町へとやって来る鉾を見ながら歩いていった。

ちなみに上の写真は王朝絵巻から出てきたような優雅な「菊水鉾」と「船鉾」。鉾の姿だけでなく、装飾の違い、浴衣の違い、お囃子の違いなど、祇園祭は楽しめる要素がいろいろある。

ご贔屓さんといっしょに祭りを楽しむ舞妓さんも多く見かけた。


2010年7月11日日曜日

龍馬の隠れスポットへ

先週は、久々の維新探検隊。本降りになってくる雨のなかを、前に探索した二条城の、その周辺を散策する。まずは、六角獄舎跡へ。安政の大獄以後、多くの志士が収容され、禁門の変の時に30数名が処刑されたとある。そのあとに、マンションが建つ。
ボクちょっと、ここには住めないですわ。その石碑のすぐ横には、「日本近代医学  発祥の地」の碑が。医師・山脇東洋により、いわゆる解剖というモノが初めて行われた場所らしい。

このマンションのすぐ側にある「武信稲荷神社」へ。龍馬とお龍さんがデートの待ち合わせをした神社。なんでも獄舎に捕らえられているお龍のお父さんの様子を見るためだったとか。

なんてマニアックな探索ポイント。住宅地の中にぽっかりと、緑のポケット、いい感じ。境内に立つ榎(えのき)の木にはかつて、「龍」の落書きがあったとか。龍馬が木に彫り付け、お龍さんに無事を知らせたらしい。それにしても、新撰組の壬生の屯所がすぐ近くだというのに、なんと大胆なお二人。

ここまでは5人で探索。遅刻した隊士との待ち合わせでJR二条駅へ。途中、御池通の小浜藩邸跡には古美術店が。そのショーウィンドウには、芹沢鴨のものと伝えられる刀が鎮座しておりました。
かの隊士と合流後、千本の「出世稲荷」へ。ここ神社には、新門辰五郎寄進の祠の狛犬や、マキノ省三監督寄進の鳥居などがありました。ここから、所司代跡などを訪ねながら、街へと向かう。柳の馬場三条近くには、お龍さんのお父さん(楢崎将作)の邸宅跡が。さすが「龍馬伝」ブーム。ここにも真新しい石碑が建てられていました。

今日はもうこれで、飲みに行こう。ということで、新京極・スタンドへ。いろんな肴があって安くて、気安く過ごせる、大衆酒場。いや、食堂。早い時間から呑めるということで、最近ちょくちょく利用してます。すんなりこれで終わるはずもなく、隊士3人ほどは、雨にけぶる祇園方面へと消えていったのでした。