お気楽さんぽ

お気楽さんぽ

2009年8月30日日曜日

ミントンのアンティーク柄


もう10年くらい昔になりますが、英国ロイヤルドルトン・ブランドの紅茶の仕事をしていました。その仕事を通して、紅茶の知識、英国陶磁器の知識、その頃の大英帝国の歴史に触れる時間を持つことが出来ました。そしてなによりも、紅茶パッケージのプレゼンテーションと取材をかねて、ロンドン → ストークオントレントへいくことが出来ました。

ストークオントレントという町は、日本の瀬戸みたいな焼き物の町です。ロンドンから急行で3時間ほどだったでしょうか。あのラグビーの町を通り、リバプールの方へ行く途中にあります。

ヒツジさんのいる、本当に牧歌的な丘をいくつも越えて到着です。駅前には、ジョサイヤ・ウェッジウッドの銅像があり、町のあちこちにロイヤルドルトンをはじめ、ミントン、ウェッジウッド、スポート、ロイヤルクラウンダービーなど有名なブランドの窯とその煙突が並んでいます。
いかにも古い歴史ある町という佇まい。そして、それぞれの会社がそれぞれの私設のミュージアムを持っているようです。
このアンティークな柄のカップは、工場見学に行った折りに、ミントンのミュージアムのお隣にあるアウトレットで買ったのもの。日本では見ないミントンでしょ。ミントンのカップは本当に素敵な柄が多く、水彩で描かれたデザインブックは手元に置いておきたくなります。

ロンドンでよかったのは、パークサイドホテルで本格的なアフタヌーンティをいただいたことと(もちろん仕事です)、ハロッズを見れたこと。百貨店というより、ミュージアムのよう。地下の食料売り場では、食材で巨大なオブジェをつくっていました。その時買ってきたウール張りのピクニックシートは、いまだ現役で年に数回活躍しています。

2009年8月23日日曜日

消えゆく、ポップドール

お店の前でお客さんに呼びかけるキャラクターたち。あのペコちゃんや、薬のサトちゃん、おまえヘソねーじゃねえかのコルゲンコーワのケロちゃんなどを、ポップドールと呼ぶらしいです。不二家のペコちゃんは昭和25年生まれだとか。新しいところでは(もう古いけれど)、ケンタッキーフライドチキンのカーネル・サンダースさんもその代表選手です。
なんでもこのポップドール、世界的に見ても、日本が圧倒的に多いのだそうです。「福助」や「お多福」など、日本は歴史が違うのだよ、ということでしょうか。日本人のDNAのなかに、看板娘的な愛嬌のあるキャラクターを好む資質がきっとあるのでしょう。この辺の話で、新書一冊書けそうです。

私たちが子どもの頃は、ある銀行のポップドールがディズニーのキャラクターでした。ミッキーマウスやドナルドダックの貯金箱がとても欲しかったことを覚えています。プラスチックではなくて、硬質なビニールで出来ていたように思います(あの匂いが好きでした)。
そしてその頃は、まだ、商店街というものがとても元気でした。商店街を歩くことで、いろんなポップドールたちとの出会いがありました。ポップドールたちも子どもたちにいたずらされながらも、活き活きしていました。今や生き残っている商店街はわずか。売り場や販促物が細かく管理されている量販店全盛の現在では、彼らとの出会いもそうそう望めません。

ところが、昨年リタイアされた食いだおれ太郎さんは、もてもて。全国各地を飛び回っていらっしゃいます。かに道楽のかにや、京都おたべのこっくり娘さんなど、関西は昔から動くポップドールの本場のようです。ポップドールの世界にも格差の波はあるようです。

2009年8月13日木曜日

超辛シシトウから、オクラへ


これでもかというくらい、今年も1本の木(苗)にシシトウが鈴なりに出来ました。始めの頃は3日に一度、焼いて食べていても柔らかくおいしかったのですが、次第に赤いのが混じるようになるとだんだん辛くなってきました。最近はもう終わりなのか、実が小さくなってきているようですが、辛さは20倍くらい辛く、口に入れただけで咳き込んでしまう手ごわいものもおります。書いているだけで、思い出して、汗が出てきます。

で、このシシトウに替わって、鈴なりに出来そうなのがオクラです。写真のように、オクラの花のツボミがいっぱい。出来始めた実も、大きく柔らかくおいしいです。この調子だと、8月いっぱい楽しめそう。冷酒にオクラという感じの盆休みになりそうです。
それにしても、梅雨明けは遅い、台風は来る。夏らしい青空がなかなか現れません。そのうちに、夏はすぐに終わってしまいそう。ブーゲンビリアやハイビスカスは雨にやられてずっと元気がないですが、野菜は強い。

小さなプランター菜園でも、いろいろ収穫出来るのですから、畑を借りて作っている人は、その収穫量も凄そうですね。野菜をあげても、お返しをもらったりして‥‥。草むしりや虫の手入れも大変そう。わが家では、これくらいのプランターで少しづつ季節を楽しむのが、ちょうどいいサイズのようです。

2009年8月10日月曜日

隊士、舞妓茶屋に遊ぶ


この前の土曜日は、維新探検隊一年ぶりの、納涼飲み会。今年は、三条河原町の、池田屋にて開催されました。新撰組が勤王の志士を急襲したあの池田屋跡に、居酒屋が誕生。新聞にも載るなど、話題になったお店に我々も、というわけです。「蒲田行進曲」で銀ちゃんに切られてヤスが階段落ちする、ロングな階段も再現されています。酔っ払いが足を滑らせても大けがしないよう、踊り場をつくったり、ちょっと鍵形に変形されています。
4時からまる2時間。いつものことながら、よく呑み、よく食べ、満腹満腹。さて、お次は。先斗町辺りをそぞろ歩きたいというヨウドウ殿様にしたがって、三条小橋を渡ります。

先斗町に入ると、なにやらいつもと違う佇まい。なんと歌舞練場で、「舞妓茶屋」というビアホールがオープンされているではないですか。舞妓さんの踊りを楽しみ、おしゃべり&写真を撮ってOK。さらに生ビールとおつまみがついて1,500円というお値打ち価格。建物の中の席は一杯で、外の桟敷で鴨川を眺めながらのビールとなりましたが、「市笑」「光菜」と舞妓さん二人もちゃんとお話しに来てくれます。あ~、こんなことなら浴衣着てくれば良かったァ。この催しは、土曜日まで、お盆休みのみ。行きたい人はこの1週間に、イソゲ!

ビアホールの中の写真はどの写真も人の顔だらけ。舞妓さんのお顔を出すわけにもいかないので、歌舞練場入り口の看板でゴカンベン。隊長のピースサインが、この夜の雰囲気を物語っております。 
ここで帰ればいいものを、もう一軒いくのが悪いクセ。昔懐かしいサントリーバーで、ウィスキーロックなどをいただいたために、次の日はけっこうアタマが痛かったのでした。隊士の皆さん、お疲れさんでした。

2009年8月4日火曜日

全英の、穏やかな勝者たち


全英はいつも、天候だけでなく、重苦しい雰囲気に押しつつまれている。ヒースに打ち込み、クリークに阻まれ、深いラフやバンカーにつかまり、コースは選手たちの絶望と悲壮感にあふれている。自分の運命を呪う選手ばかりだ。
リーダーたちでさえ疲労困ぱい、ましてスコアを落とした選手たちは亡霊のようになってしまう。あのタイガーだって、眉間にシワをよせ、怒りながらプレイしている。それが、The Open なのに、The Open だけの醍醐味なのに、今年はちょっと様子が違った。


いつもの激しい雨や風や、その両方が、比較的に穏やかなようだった。その中で、59歳のトム・ワトソンが静かに燃えていた。初日からトップを走り、4日間、いつか落ちていくだろうと思っていたが、なんのなんの、ずっと首位を守りつづけた。最終で、プレイオフに追いつかれ、残念ながら優勝はスチュアート・シンクになったものの、最年長優勝の記録は書き換えられなかったものの、ワトソンは世界中のゴルフファンを魅了していた。淡々としたプレイはリンクスとの触れあいを楽しんでいるようだった。石川遼は予選落ちしたものの、十分楽しませてくれた。予想外、地味目な久保谷にも1日目から俄然注目が集まった。日本選手の頑張りがあってこそ、TV観戦も真剣になる。

そして、全英の女子チャンピオンも、二人目のお子さんを出産して3カ月目というベテランのカトリーナ・マシューが優勝した。彼女もまた、2日目から首位に立ち、淡々とトップを守った。ホールインワンやイーグルをとってはいたが、派手さは全くなく、プレッシャーに落ちていったのは周りの選手たちだった。ウェアや帽子を見ても大きなスポンサードはない、スコットランドのおばちゃん選手だった。
こちらも日本人選手の活躍で、TVをずっと見ていてまだ寝不足だ。2日目までは三塚優子が頑張り、3日目からは宮里藍が頑張り、3位に入った。

今年、リンクスの女神に愛されたのは、リンクスのゴルフを愛する穏やかなレディース&ジェントルマンだった。その分来年は、とんでもなくハードなゲームになるのかもしれない。

2009年8月1日土曜日

「きんぎょ」を、もう一杯 

暑中お見舞い申し上げます。といっても、関西地方はまだ梅雨明けもしておらず、この土・日も雨とか。今年は、シトシトといった梅雨らしい梅雨ではなく、ゲリラ豪雨のようなドシャ降りで、各地の被害も相当なもの。今日、ゴルフに行った人は大丈夫だったのかしら。
ところで、この写真は「きんぎょ」です。焼酎の水割りに大葉と唐辛子をいれたもので、見た目に金魚鉢のような感じがするのでそう名付けられています。会社の近くの飲み屋で出しているメニューですが、遊び心がおいしいので、ときどき家でもやってます。

見た目に涼やかなのがいいでしょ。唐辛子がピリッと効いていて、これがクセになります。カラダにもいいみたい。もともと焼酎は苦手なほうだったので、こだわりもありません。焼酎呑みからは、邪道といわれるかも知れませんが、一度お試しあれ。

玄関の金魚鉢で金魚を飼っていた小学生の頃は、遠い昔。最近はあまり見てません。小学校の近くで、炭を売っている燃料屋さんが、夏は冷蔵庫用の角氷を売っていて、その横で金魚鉢や金魚を売っていたことを、今、思い出しました。そのお店では太鼓焼き(いまがわやき)も店先で売ってました。当然、そんなお店はとうに姿を消してしまいましたが。

焼酎に関しては、ずっと初心者で、少しずつ永くつきあっていこうと思っています。苦手だった匂いも、克服しつつあります。お湯割は、まだ馴染めませんが。先の方には芋焼酎の世界も広がっています。「すこし愛して、なが〜く愛して」。いろんなお酒と、末長くおつき合いしたいと思います。

2009年7月26日日曜日

ハヤカワ ポケット・ミステリ


アメリカのペーパーバックのように、本の天や小口が黄色く着色された細長のサイズ。文庫本より少し大きく、文章は二段組みレイアウト。表紙は抽象的な油絵の装丁。そして、ビニールのカバー、昔からちっとも変わらない。持っているだけで、カッコイイと思ったものだ。
このポケットミステリとのつきあいは長く、中学からだ。そもそも早川書房の本に出会ったのは「SFマガジン」という雑誌を立ち読みしだしてからで、その後、星新一や小松左京などのSFショートショートを読み始めた。SFは体質に合わなかったのか、イアン・フレミングの007が流行しだしたこともあって「ミステリマガジン」を読むようになった。多分初めて買ったポケット・ミステリも007だったのだろう。なんでも、1953年刊行開始というから、わたしの歳とあまり変わらない。こちらは今、世界最大・最長のミステリシリーズに育っているらしい。

映画を見たら本を買う、本を読んだら映画を見るという感じでイアン・フレミングの007はほとんど読んでいると思う。TVの「ナポレオン・ソロ」のポケットミステリも読んだと思う。その後、はまったのは、「87分署」シリーズであり「マイク・ハマー」であり、「ヴァージル・ティップス」であり、チャンドラーでありと、ハードボイルドに一直線にのめり込んでいった。
クリスティやウールリッチといった、本格ミステリーの何冊かは読んだが、こちらはあまり合わなかった。いわゆる謎解きとかトリックを見破るとかの思考回路が全く稼働しなくて、なるほどなるほどと、感心するだけで終わってしまう。やっぱり映画的に映像が見えてくる、あるいはスタイルにこだわるミステリの本の方が好きみたいだ。

このハヤカワのポケットミステリ、紀伊国屋やなどの大きな本屋でもちょっとの在庫しかないという時期もあったが、最近は人気も持ち直してきたようだ。たまにアメリカ探偵作家クラブ賞のものとかを読むと、やっぱり面白い。人間の息遣いが聞こえてくるような、リアルなミステリが増えている。多彩なミステリの世界を、このシリーズは今も広げつつある。

2009年7月20日月曜日

ダッシュボード・フラ   


フラガールの胴体にバネが入っていて、振動するたびに腰を振って踊ってくれます。名前の通り、クルマのダッシュボードに置いて楽しむお人形さんです。これは、ウクレレを持っている美人さんタイプ。ダッシュボードに置くための人形というのが、気に入ってます。まぁ、見とれる、ということもないので、安全運転に支障はありません。ものすごく太った、おばさんフラガールもあるみたいです。
こんなお人形さんでも、10体も並んで踊ってくれると、それなりに迫力があるのかしら。普通の自動車では無理だけど、長距離トラックのダッシュボードでは、ひそかにフラ大会が開かれていたりして。

フラ・イベントといえば大きな大会が毎年、京都で催されているようです。Ku Hanohano  という大会で、京都駅の大階段広場をステージに、2日間で1500人の踊り手が集まる大会をテレビでも放映していました。おなじみのフラもあれば、儀式に近い踊りもあったりして、日本のフラサークルのスタイルも様々なようです。フラ人気恐るべし。会社の友人でフラをはじめた人の話では、優雅に見えてそれはそれはハードな、筋肉を使う踊りだそうです。

このダッシュボード・フラの値段もまた、恐るべしでした。いちばん安かったのは、日曜日にアロハ・スタジアムで催されている「スワップミート・マーケット」というバカでかいフリーマーケットでした。1体4ドルくらいだったと思います。これがワイキキへ近くなるほど、にぎやかな通りのお土産屋へ行くほど、7ドル、8ドルと値段が上がってきます。露骨な値段の上がり方。京都のお土産屋さんでも、これほどの値段の格差はないでしょう。
こうした小さなおもちゃも旅行のお楽しみ。まとめて安く買うなら、この「スワップミート・マーケット」はおすすめです。アロハ・サンタなど、見なれないクリスマス用のオーナメントなども、南の島ならではものが揃っているようです。

2009年7月12日日曜日

●●● 嵯峨野の裏道 #8  大映通り ●●●


京福電鉄・嵐電の「帷子ノ辻(かたびらのつじ)」と「太秦(うずまさ)」の間、三条通りの一本南を走る道を大映通りと呼ぶ。ちょうどまん中に十字路が有り、南へ行けば大映へ。北へ行けば東映へ。また、帷子の辻には松竹があった。文字通り日本のハリウッドであった。
写真のように街路灯が、撮影カメラにデザインされていてかわいい。いつからこうなったか知らないが、多分、この商店街の町おこしが十年くらい前から「太秦キネマ」を合い言葉に盛んになり、その頃からなのだろう。

この辺は、ワタシの小学校の近くでも有り、友だちも多く住んでいた。月に2度くらい、夜店が並び、たいそう賑わっていたのも遠い昔。浴衣を着てお出かけしていた。貧しいような、豊かなような時代。縁日の日は、けっこう夜遅くまで子どもの声が響いていた。
学生の頃、商店街には2軒のパチンコ屋があった。岡っ引きのような兄ちゃんや、スリのお姉さんのような人が時代劇衣装そのまま、ドーランそのままで、パチンコをしていた。わがままなスターさんや監督さんのおかげで、理不尽な時間ツブシでもしていたのだろう。

2009年7月5日日曜日

お楽しみは、「ドン・シーゲル」 

ドン(ドナルド)・シーゲル監督の、「刑事マディガン」にはぶっ飛びました。とてもリアルな刑事モノ映画でした。深作の「仁義なき戦い」がでてくる、もっとずっと前の映画です。リチャード・ウィドマーク主演、1968年日本公開となってます。ジョン・ウェインの刑事モノとはフタ味ほど違う、スターに頼らないリアルな刑事モノでした。西部劇の匂いはするのだけれど。「ひたすら走る」汗臭い映画です。好評だったらしくTVシリーズになったようです。その後この監督は、1968年に、クリント・イーストウッド主演の「マンハッタン無宿」を撮ります。カウボーイハットの刑事がニューヨークにやって来る刑事モノです。そう、あのNHKの「警部マックロード」は、この映画のパクリです。

そして、この二つの映画の流れが合流するところに「ダーティハリー」が生まれたのでした。走って走って走りまくるのは刑事マディガンのDNAが。ハンバーガーを食べながらマグナムをぶっ放すのは、マンハッタン無宿のDNAのなせる技。ドン・シーゲルに、男臭いハードボイルドなB級映画を撮らしたら、職人的なうまさを発揮するのでした。
後で見た映画に「殺人者たち」という快作もあります。ヘミングウェイ原作ですが、内容はだいぶアレンジしてます。主演はリー・マービン、痺れます。レーガン大統領も悪役でご出演です。この監督のDNAはその後しっかりと、サム・ペキンパーとクリント・イーストウッドに受け継がれていったのです。




映画の料金も高くなって、こうしたシンプルな映画では満足出来なくなってきた観客たち。お金をかけたC級映画は多いのだけれど、見ごたえのあるB級映画が激減しています。映画2本立てというシステムは、結構いい監督や脚本家を育てていたのでしょうね。あとはもうテレビ局がつくる映画に頼るしか、こうしたB級映画は見られないのでしょうか。

※始めの写真はダーティハリー第4弾のパンフ表紙。クリント・イーストウッドの監督作です。