お気楽さんぽ

お気楽さんぽ

2011年3月27日日曜日

JAZZ喫茶、何年ぶりだろう

この前久しぶりに、会社の大先輩に連れてもらって「YAMATOYA」へ行った。飲みに行って、帰るまえにもう一軒という感じで行ったので、かなり遅い時間だった。
「YAMATOYA」は学生の頃に行ったこともあるが、高級感の漂うJAZZ喫茶で何となく入りづらかった。京都市内でも自宅からは東の方なので、地理的にも(感覚的に)ちょっと遠かったのだろうか、あまり足を運ばなかった。

JAZZ喫茶って、懐かしい響き。なにしろ授業をサボって、あるいは休講の時間に行ったのだから、学校の近くが圧倒的に多かったように思う。40年ほど前は、ほんとうにJAZZ喫茶がいっぱいあった。クラシック喫茶もあった。宮谷和彦のJAZZ漫画もかっこよかった。日野輝正がアイビーカットで吹きまくっていた時代だ。
「しあんくれ~る」「DUKE」「蝶類図鑑」、学生街の学生相手のJAZZ喫茶の多くは潰れてしまったが、町中ではまだ頑張っている所もいくつかあるようだ。

久しぶりのJAZZ喫茶はなかなか良かった。時間が遅いせいか、店内も静かだったし、やはり響き渡るような音量はJAZZ喫茶ならではのものだ。こういう場所で、しみじみと洋酒を飲むというのも、こらからのお楽しみか。京都には、老舗のJAZZ喫茶がずっと残っていてほしい。 ところで、JAZZ喫茶って云っていいのかな?

今週は、こんな「がんばれ!日本」に出会いました。



2011年3月21日月曜日

You'll Never Walk Alone


東北巨大地震が発生して1週間以上たちました。
被災された方々、そのご家族の方々にお見舞い申し上げます。


発生日の金曜日は、大阪のオフィスでも、僅かな揺れですが長い間揺れていました。ちょっと気持ち悪かったです。それが東北の地震のものとは驚きでした。
日本観測史上最大のM9.0といわれてもピンと来ませんが、さまざまな津波の映像には、自然の力の前では、人の無力さを感じずにはいられません。TVでも、呆然とする映像が次から次へと、映しだされていきました。

阪神大震災。あれが人生で同時代に遭遇する最悪の災害と思っていましたが、なんということ。まだ20年も経っていないのに。被災された多くの方は沿岸漁村やお百姓さんのお年寄りが多い感じ。地震に耐えたのに、巨大な津波が襲ってくるとは。逃げるに逃げられなかった無念さが重く避難所を満たしているようです。

そしてさらに追い打ちをかけるように(あるいは、今まで起こらなかったのが不思議なくらい)原発の「炉心溶融」のニュースが展開しています。このニュースはどうやら海外のメディアが熱心に報道しているようで、ドイツなどでは津波の被害情報そっちのけで、原発ニュースにかかりっきりとか。これもまた、世界同時的な情報共有になっているようです。
東京をはじめとする関東地方でも、計画停電や外国人の帰国命令などもあり、異様な恐怖心が広がっているそうです。

次から次へと情報が入ってきだしたのはツィッターです。私のiPhoneにも、はじめは東京からのひどい揺れのメッセージが。そのうちに東北らしいというメッセージが。そして、津波注意のメッセージに。
リアルな情報がどんどん、世界中を駆け回っていたようです。その日の夕方には、海外のCNNやBBCで津波の映像を流しているという情報もツイッターで知りました。川からあふれた海水が畑や田んぼを侵食していくヘリからの空撮でした。ちょっと信じられない光景。(NHK WORLDの映像でしたが、NHKのHPでは見られませんでした)

テレビでは、原発中心の情報があふれていますが、ツィッターではどこそこに支援が足りないとかいうすぐ役に立つ情報だけでなく、海外からの応援がこんなに届いているとか、リアルでうれしくなる(感動してしまう)情報が発信されています。

その中の一つ、卒業式が中止となってしまった立教新座高校3年生へ送った校長先生のメッセージがすばらしいので、ここでも紹介させていただきます。

http://niiza.rikkyo.ac.jp/news/2011/03/8549/

神戸のように少しでも早く復興してほしい。それは無理な願いなのでしょうか。
たしかに今、日本人がなにかに試されているような気がします。そしてその連帯感みたいなものが生まれているような気がするのは幻想でしょうか。なぜかみんながサッカーでおなじみになった日の丸を胸に付けているような気がするのですが。

最後に、AKB48の5億円の義援金にはびっくり。こいつらすごい。

2011年3月6日日曜日

コメント表示できるはずです


ブログにコメントしても表示されなかった方々、本当にごめんなさい。
グーグルブログを使っているのですが、どうもそのセキュリティが新しくなって、
原因はわかりませんが、いただいたコメントが別のトレイにはねられてたまっていました。
ブログを作ってる本人が、これからもっと「スパム」のトレイをちゃんと見なさいということのようです。
原因わかりましたので、これからもコメントよろしくお願いいたします。
以上、ご報告まで。

2011年2月27日日曜日

お楽しみは、「いちご白書」

ボート部の学生たちが川を漕いでいく。1966~68年頃のコロンビア大学の大学闘争を描いた「いちご白書」は、日本では1970年に公開された。大学の理不尽・横暴な体制に抵抗していくノンポリの学生が主人公だった。
パリに始まった学生たちの闘争は、アメリカにそして日本に飛び火してきていた。日大闘争も、東大闘争も、そして私たちの大学の闘争もそれぞれが抱えていた問題は違ったけれど、パワーが連携して時代を熱くしていった。

そうした、日本の大学闘争の後半、熱い余韻がまだ残っている頃。そして凄惨な連合赤軍事件とかが起こる前、この映画は登場した。激しい東大闘争の映像を見たあとでは「すこし甘い味付け」の映画かもしれなかった。でもこうした運動スタイルが、アメリカの学生のスタイルなのだろう。
住民を巻き込んで、「大学の街の問題」になっていくことにも感心した。
そして、こうした問題にあまり深く関わらない「私たち的」には、それなりに共感できた映画だった。



良かったのは、ストーリーでも、映像でもなく、音楽だった。クロスビー・スティルシュ・ナッシュ&ヤングのアルバム「デ・ジャブ」や、ジョン・レノンまで、ずっといい音楽が全編に流れていた。音楽でメッセージしていた。いわば映画が、音楽のプロモーションビデオのような感覚で、その感覚が新しかったのだろう。
垢抜けない女学生闘士、キム・ダービーもよかった。しかしアメリカは暴力的な国だ。市民にたいしても、すぐ州兵を呼びよる。

2011年2月20日日曜日

白いルノー・アルピーヌ発見!

この前、車の点検でディラーに行ったら、まだキレイなルノー・アルピーヌがガレージに入っていた。白いアルピーヌを見たのは初めてだったが、とても品があった。いつ頃の年代のものだろう。ルノー・アルピーヌは昔からの憧れの車だ。
昔というのは、中学から高校くらい。車のレースやラリーに興味を持って雑誌を買い始めていた頃からだ。国産車ではブルバード3Sが、ヨーロッパ車ではミニやこのアルピーヌがラリーでは活躍していた。サーキットでは、日産R381やトヨタ7がしのぎを削っていた。福沢幸雄とか、懐かしい。友だちと鈴鹿までレースを見に行ったのを覚えている。車もないのにどうして行ったんだろう。

石原裕次郎の「栄光への5000キロ」はモンテカルロのラリーシーンから始まるが、そのシーンでもルノー・アルピーヌが登場していた。流麗なボディからヘッドランプが飛び出したスタイルは、いかにもラリーのチャンピオンカーという感じ。それにフォグランプが4つも6つも付くから、迫力も凄かった。氷雪のラリーには強かったという印象がある。
でも圧倒的な人気は、やっぱりミニなのだろう。今でも、オールドミニに、モンテカルロラリーの荷台を屋根に載せて走るミニをときどき見かける。

スーパーカーというものではないし、年代もけっこう古いので、車の博物館くらいでしか見られないと思っていた。まさか、現役で点検を受けているアルピーヌに会えるとは。維持費かかるやろなぁ。
「栄光への5000キロ」は「黒部の太陽」の翌年の作品だが、この映画でも、ジェームズ・ガーナー主演の「グラン・プリ」でも、三船敏郎が本田宗一郎のようなレース監督の役をやっていた。ちょこっとだけ出て、その存在感で、目立つんだこの人は。アルピーヌのような役者さんだ。

2011年2月13日日曜日

出張帰りに、皇居一周

1時間半も歩いていると、さっき走りすぎた人がまた前からやってくる。反対まわりに歩いていたお年寄りカップルともまた、すれ違う。決まった時間に、決まったコースを走る人たち、歩く人たち、犬と散歩する人たち。そのうち顔見知りになり、連帯は深まっていくのだろう。
この前ひさびさに、東京に出張した。4時頃、虎ノ門での打ち合わせが終わったので、帰りに皇居を一周歩いてみようと思った。疲れたり、日が暮れてきたら、地下鉄に乗ればいいし。桜田門から、時計回りに歩き出した。

皇居のまわりが、みんなの走るコースになっていることは知っていたが、こんなに多くの人が走っているとは。平日なのに、一般社会人も多い。お年寄りも、学生も多い。お堀のまわりはちょっとした公園が多いので、走るのにはぴったりなのだろう。歩く人たちは、観光客が多いようだ。
桜田門から、半蔵門、千鳥ヶ淵を通って乾門へ。そして、竹橋、平川門から大手門、和田倉門まで。東京駅に向かったので完全一周とは行かなかったが、1時間半かかった。

明日からはまた寒くなるという、つかのまの暖かな日々。天気がいいから身体を動かしたいという人が多いのか。半蔵門あたりの土手には、水仙が咲いていた。きっと桜のシーズンには大変な人になるのだろう。
なんども東京には来ているのに、こうして皇居を一周したのは初めてだ。江戸時代からお城が中心なのだから当たり前なのだが、道が放射状にひろがっていて、こっちが青山、こっちが新宿、こっちが水道橋と、街の位置関係がわかって道路標識も面白い。

2011年2月11日金曜日

首の後ろがグギッグギ

最近、首の後ろの方が凝っているみたいだ。首の右側の方だ。寝違えたような感じだが、寝違えたわけではない。思い当たることといえば、楽ちんな体勢=無理な体勢で、TVを見ているからだろうか。首をまわすと、グギッグギという。
それでも上には上がいるもので、この前会社の近くの茶店で話していたら、その会社の人は首全体がまわらないという。寝ているときに寝返りを打つと、あまりの痛さに目が覚め、涙が流れてくるんだって。人生初めての鍼灸にいって、電気ビリビリの鍼を打ってもらったらしい。こんなになったら困るなぁ。

もしかしたら、運動不足かもしれない、とか思った。ゴルフも2ヶ月以上行ってないし、練習もしてないし。で、この前の土曜日は暖かかった(日中13℃もあった)ので、久々に京都ゴルフの舟山コースへ行った。みんな冬は寒いと思っているので、コースはがらがら。2人でまわったけど、前後だれもおらず、午前中も昼も2時間ちょっとでまわれた。冬期割引で安くなっていたし、云うことなし!ゴルフしている間は首のことも忘れていた。勝手なもんだ。

風呂で揉んだり、アンメルツ塗ったり、いろいろしてるけどまだグギッグギ。そのうち忘れるだろう。で、こんなブログの時ってどんな写真載せればいいの。アンメルツ撮ってもしょうがないし、入浴剤撮ってもなぁ。そうそう、今思い出したけど、どこかの漢方のお店でオリジナルの入浴剤を売っているらしく、とても効くらしい。どこの店だったかなぁ、京都なんだけど。

写真は全く関係ない、クルマの写真。前のようなのが後ろ、後ろのようなのが前。京都は結構、かわったクルマが走っている街だわ。

2011年2月6日日曜日

にんにくぎっしり誠養軒の餃子


北野神社の南、下の森商店街の西側にその「誠養軒」はあります。塩爺に教えてもらった店です。ブルーシートで雨漏りを防いでいるような、屋台ではないが屋台のような、とても狭く、とても汚い店ですが、餃子がすこぶるおいしいのです。とんねるずの「キタナトラン」に紹介できるレベルです。こういうお店は、はなから目に入らないような感じなので、誰かに教えてもらわないと一生気づかないままなのでしょう。

行った日は客もおらず、大将はストーブの前でうたた寝をしていました。ガラス戸を開けて入っていくとビックリして起きていました。

ラーメン2丁と餃子2人前というと、 エッという顔を一瞬してました。オーダーした餃子が来てわかったのですが、具が多い。普通の2倍か1.5倍はあります。しかもにんにくがたっぷり。3つほど食べると身体の中が温かくなってきます。
ここの餃子ホントにうまいです。ここは餃子の皮も、ラーメンもすべて自家製。餃子の皮はとっても薄く、ひっぱってもなかなか破れないように作っているとか。ワンタン用の餃子の皮とはレシピが違うそうです。ラーメンもソフトで腰が強く、ちょっと甘みのする麺です。ラーメンの味はちょっと薄いように感じましたが。

餃子の皮は、型でとっているので、あまりが出てきます。それはもう餃子の皮には出来ないけれど、麺には出来るということで、うどんの玉にして売ってます。細麺です。中華料理屋なのでラーメンの製麺機しかないので、細いうどんになるそうです。なっとく。
これがまた、腰があってうまい。きっと、夏に冷やしうどんで食べれば最高と思います。
それにしても、うたた寝する暇あったら、ちょっと店の中を片付けようよ。それだけでだいぶきれいになるはずだけど。

2011年1月29日土曜日

先斗町、うわさの「ますだ」へ

「ますだ」は先斗町の居酒屋で、司馬遼太郎も通ったという老舗です。カウンターに大鉢がのっている光景は雑誌などでも紹介されているとおりです。あまりに有名すぎて、お値段もちょっと高そうなので、しかも地元の人間が京のおばんざいをわざわざ食べに行かなくても、などの理由で敬遠してました。
でも先日、ケンミンショーにちょっと出てたので、一度くらいは行っておこうと出かけました。

カウンターが狭いのはわかっていたので、5時ジャストの開店を狙って行きました。10分前にはもう一人待っていました。5時きっかりに、暖簾があがり、「おいでやす」。お母さんのような女将と、息子さんのような大将を中心に、バイトの子もてきぱきと働いています。
いやぁ、お料理みんなおいしかったです。大きな徳利に入った賀茂鶴の熱燗で、こころもほかほか。両脇のお客はどこかの大学の先生らしく、話題がちょっとうるさいけれど、気にしない。

茶室のような天井も、席の作りも、今の居酒屋では望めない凝りよう。先代の思い入れがしっかりと息づいています。壁には「とっくり2本まで、門限10時」の筆書き。だらしなく呑めません。お値段は二人で15,000円。こんなにおいしいものゆっくり食べられるなら、たまにはいいのでは。
店の中は意外と広く、2階にも座敷などあるそうです。そちらは予約もできるとのこと。でもねえ、やっぱりカウンターがいちばんです。
店内やお料理の写真撮るのすっかり忘れていました。先斗町ご近所の風景でごめんして。

2011年1月22日土曜日

土曜日の朝は、山登りと朝市に


ハワイに行ったのは2年前。このブログでもちょこっとづつ書いてきましたが、忘れそう。情報にも賞味期限があるだろうし、出し惜しみせずにいろんなこと書いていきます。ハワイに行くときの参考にしてください。そうかみんなで行きましょう。
ハワイ情報放出。今日の写真は、ダイヤモンドヘッドと、CCの朝市。
朝早く起きて、ダイヤモンドヘッドに登りました。駐車場までタクシーで行って、1時間半ほど歩いたでしょうか。クレーターの中に駐車場があり、外輪にそって登っていきます。よく雑誌でも紹介されて
いるけど、ワイキキが眼前にひろがり絶景です。旅程に余裕のある人は、ぜひオススメします。
町の位置関係もよくわかります。写真はすぐ下の海。地元の人のサーフポイントの近くです。

で、帰りには歩いて、コミュニティカレッジの朝市に行きました。ダイヤモンドヘッドの北の山麓にあります。毎土曜日に開かれる朝市で、多分ホノルルで(=ハワイで)一番大きい朝市ではないでしょうか。
ここに行くときはお腹を空かして行きましょう。ハワイ州で収穫したものしか売れない朝市ということで、地元の人向け。おいしいものが満載です。
ハンバーガーもピザも、肉も鳥も、ジンジャーエールも、生ジュースもアイスクリームも何でもうまい。ジャムなどのお土産もここで仕入れました。帰りはぶらぶらと麓の町中を歩き、カピオラに公園の方からホテルに。1時間ほどの散歩です。
朝市は毎週土曜日というのが、要注意ですが、今度ハワイに行ってもまた行ってみたいコースです。