お気楽さんぽ

お気楽さんぽ

2013年1月20日日曜日

お~珍しや、アヴァンタイム



2002年頃に発売された、ルノーの前衛的なデザインのお車。こんなに車体が長くて2ドア。しかもセンターピラーなしのハードトップ。中は5人乗りの応接室のような革張りシート。とくに後ろからの眺めが独特です。デザイナーは、パトリック・ルケマンという人で、この頃のルノーのデザインをリードしていたデザイナーです。

私の愛車もこの人のデザインしたメガーヌⅡというクルマ。リアガラスからヒップのあたりが、このアヴァンタイムのデザインを受け継いでいます。もう8年乗っていますが、デザインは全然古い感じになりません。そういう意味では変わったデザインのクルマはお得です。
でももう老化は避けられず。あちこちに強化プラスティクを使っているので、鋼板との色の褪せ方が違っていて、ボディがグラデーションみたいになっています。この前、下取りいくらか聞いてみたら、なんと10万円。そんな、あほな!個性的なクルマは中古になっても売れないのよね、といわれてしまいました。あと2~3年は乗り続けます。


メガーヌの話はともかく、このアヴァンタイムは500万くらいするうえに、こんなに変わったスタイルですからなかなか売れません。3年ほどで生産中止になってしまったそうです。京都市内でも見かけるのは時々です。でもやはり、存在感があります。
日本車も売れ筋の無難なデザインばかりでなく、昔のコスモやフェアレディやキャロルのような、見た目にも楽しいクルマを出してくれたらいいのに。もうエンブレムを見ないと、どこのメーカーのクルマかわからないもんねぇ。

2013年1月14日月曜日

ロマーノ、柳家、サクセス


みんな会社の近くにあった喫茶店です。その頃の広告プロダクションでは、多くの人が昼間は喫茶店にたむろしていたのです。学生時代の就職活動時、先輩の先輩を訪ねて会社訪問した時も、まず喫茶ロマーノで待ち合わせ。そこで会社の人や社長に紹介され、そこで作品を見せ、面接までされてしまいました。ロマーノはネルでたてるコーヒー。会社に入ってからも3時頃には、ぶらぶら穴にもどるような感じで通っていました。

柳家は会社からちょっと離れているのですが、地下鉄 肥後橋駅の近く。クライアントに打ち合わせに行った帰りなどに寄っていました。ネルでたてたストロングコーヒーが懐かしく美味しかったお店です。その当時からレトロな店内。でも、ストロングコーヒーは当時でも珍しくなっていました。オヤジさんと娘さんで(多分)営んでおられました。

サクセスは、つい最近までよく行っていた喫茶店。昼飯の後に2日に1回はサイフォンでたてるコーヒーを飲みにいってました。「美人ママのお店」の看板もだいぶ古くなってきました。ここのママとはゴルフでのお付き合いももう20年ちかくになるでしょうか。「能勢CC」へ「美加の原GC」へ、よくおつきあいしていただいています。
コーヒーを飲む前に、リンゴや柿やメロンやと、フルーツも出してくれて、コーヒー300円也。申し訳ないほどお安いです。しかしこのお店も昨年末で閉店。寂しい限りです。そして、お疲れさまでした。

2013年1月1日火曜日

今年の手帳に、「数」 と書いた


あけましておめでとうございます。
今年の元旦、まず初詣へ。大晦日の「ガキの使いやあらへんで」を見終わって氏神さんの福王寺の神社へ。
そしてその後は、いつもの北野の平野神社へ。今年はいつになく人が少ない感じ。時間がちょっと早いためか?
天気は晴天。ぴしっと冷たい冷気のなか、福王寺の拝殿の上には目映いばかりのお月さんが浮かんでいた。

ところで。年末のBSテレビで、東北の被災地を積極的に映画に撮っている、園子温監督の特集番組があった。カンヌで話題の「ヒミズ」や、最新作の「希望の国」で、なぜ被災地を撮ることにこだわるのか。その答えが、監督が書いた詩で紹介されていた。


「 数 」 園子温

まずは何かを正確に
数えなくてはならなかった
草が何本あったかでもいい
全部、数えろ。 
花が、例えば花が、
桜の花びらが何枚あったか。 
涙が何滴落ちたか
その数を数えろ。
今度また
きっとここに来るよという
小学校の張り紙の、
その今度とは、
今から何日目かを
数えねばならない。
その日はいつか、
正確に数えろ。
もしくは
誰かが伝えていけ。
季節の中に
埋もれてゆくものは
数えあげることが出来ないと、
政治が泣き言を言うのなら、
芸術がやれ。


「むきだしの愛」の感情扇情映画の監督が、被災地への「しつこい思い」を「数」という言葉に託していた。この考えは、イメージ優先の今の時代そのものへの大切なメッセージでもあるだろうと思った。という訳で、今年の手帳のトップページには『 数 COUNT 』 と書いた。私も、「数」という視点を大切に、この1年を過ごしてみよう。

そして今年も引き続いて、東北地方のお酒を呑んでいこうということで、お正月のお酒はこの2本。いただきます。

2012年12月24日月曜日

iPhone3GSが破裂した


先月、新しいiPhoneに替え、古いiPhone3GSはクルマのなかで音楽専用で使おうと思っていました。多くのアプリを外し、WiFiやキャリアも外し、ハードディスクの余った分にアルバムを増やし準備万端。でも自然放電というか、何も使わなくてもバッテリーってなくなっていくんですね。

2週間もすればすっからかん。充電して満タンにして、放っておくとまたすっからかん。満タン充電して・・っと、3回ほどこんなコトしたでしょうか。

先日、写真のように、パカッとiPhoneが破裂してるではありませんか。まるで、焼きハマグリのよう。ようく見てみると、奥のバッテリーらしきものが膨張してブヨブヨに。それが基盤を押し上げ、ガラス面を押し上げ、見るも無残。ついひと月前まで使っていただけにショックです。買って使って丸3年。バッテリーもヘタレずによく持つもんだと感心していた矢先ではありました。

バッテリーを完全放電して充電を繰り返すとまずいということなのか。 お前は大丈夫か?新しいiPhoneをじっと見つめてしまいます。

それにしても新しいiPhone。進化していくのはいいのですが、iTuneのインターフェースがかわったりなどと、進化に追いついていく努力もしんどくなってきたわ。そんなことない?

2012年12月8日土曜日

お好み焼「お多福」が店じまい


大阪・肥後橋にお好み焼き屋の「お多福」という店があります。僕が会社員になった頃にはあったので、そうとうふるいお店かもしれません。会社から近かったのでよく行きました。仕事帰りにちょっとビールとお好み焼きを食べに。軽く呑んで帰るには、いいコースなのです。後輩から相談事を聞くときも、ゆっくり食べながら聞けるので、時々利用してました。昼間の定食には人が並んでいて、ほとんど入れませんでしたが。

同年代の酒を飲めないデザイナーとも行きました。そのデザイナーとは入社した時から、よく組んで仕事をしていたので、「お多福」でいろんな話をしました。まだ20代の頃の話です。

「特満月」というのがオリジナルメニュー。ミンチの入っているお好み焼きのウマさもこの店で知りました。家でお好みをするときも、ときどきこのミンチバージョンを食べます。

この「お多福」が今年いっぱいでお店を閉めるとのこと。この前行った時も、1時間半ほどの間に、2階の席には僕ら一組だけでした。昔は繁盛していて、あちこちでワイワイみんながしゃべっていたのに、ウソのようです。
この店には甘いものもあり、OLも多かったのに。「お多福」の人も、今年閉める店多いですわ、と云っていた。
喫茶店も居酒屋も寿司屋もこうしたお店も、チェーン店ばかりになってしまって、個性的なお店が潰れていく。どんどん殺風景な街になっていきます。

2012年12月2日日曜日

晩秋ならでは、錦織の光景


もう秋も終わり。最後の紅葉でも見ようと、真如堂から南禅寺方面へ。93番のバスに乗って、丸太町通りを西から東へ一直線。岡崎神社から黒谷さんの方へ、そして真如堂へ。さすが、紅葉の名所だけあって観光客の多いこと。
近づいて見れば、紅葉はだいぶカサカサに枯れ散ってはいたが、少し離れて見る落ち葉のグラデーションもまたきれい。

真如堂から白川通りの方に抜け、岡崎の野村美術館の方から南禅寺へ。ちょっと中に入ると人も少なくなるが、南禅寺に近づくとまたすごい人。湯豆腐やを食べさせる有名な店は、お客さんがずらっと並んでいた。ボクたちも何か食べたいと思い、岡崎方面へ。

行きたかったそば屋が閉まっていたので、グリル「子宝」へ。いつもいっぱいなのに、なぜか2人しか並んでない。今日はいつものオムライスはやめてハイシライスに。ここの兄ちゃんはお水をおかわりすると、グラスから水のポットを80cmくらいあげて滝のように落下させてくれる。お兄ちゃんも楽しそうに入れてくれるから、このお店にきたら水のおかわりは必須です。

きれいな紅葉も、もう終わり。誰が写真とっても美しい京都の秋です。

2012年11月19日月曜日

「琴きき茶屋」の櫻もち


嵐山は渡月橋の北詰に「琴きき茶屋」というお店があります。そこの「櫻もち」は、餡が入っていません。お餅と塩漬けの桜の葉だけの、とてもシンプルな「櫻もち」です。餡が入っていないとなにか頼りなさそうですが、大きな桜の葉2枚ではさまれたお餅は、「なるほど」という上品な味、緑茶がよくあいます。

なんでもこの店はもともと車折神社の境内にあったそうです。昔の車折神社は桜の名所で「櫻の宮」と呼ばれていたとか。その境内で「櫻もち」を出していたお店が、車折神社の頓宮が渡月橋畔に造られた時に、その隣りに引っ越したそうです。(頓宮が造られたのは昭和の話。この茶屋がほんとうに車折神社の茶屋の流れをくんでいるのか、なかなか怪しいのですが)

この「琴きき茶屋」という店の名もよく出来ています。渡月橋が出来る前に、もともとこの辺りに「琴きき橋」というのがあったらしい。橋のたもとに石碑が立っています。
時代はまさに平清盛の時代。高倉天皇に見初められて愛されたがため、中宮である徳子の父・清盛の逆鱗をかった小督(こごう)の物語にちなんでいます。「峰の嵐か、松風か、尋ねる人の琴の音か・・・」   琴の名手で知られた小督。琴の音を頼りに、嵯峨に身を隠していた彼女を、高倉天皇の命で探しあてたその場所がこのあたり。「琴きき」の話。大河ドラマでも、次か次の日曜にはそんなエピソードが挟まれるかもしれません?

例の介護プレミアム券で買えるのは、こんな嵐山のお土産なのであります。

2012年11月12日月曜日

使えない! 介護保険の商品券



うちのオヤジは91歳です。家内のお母さんは92歳です。こうした高齢者で、介護の支援とかを受けていないお年寄りに「奨励金??」がいただけるアンケートが夏ごろにあり、10月に京都府の介護保険返戻商品券というカタチで送られてきました。
ここからがお役所仕事のいい加減なところで、実に腹がたつ次第であります。

その「プレミアム商品券」をいただけるのはいいのですが、お年寄りに金券をあげるなら、ついでに地域振興もしてしまおうという浅はかな発想を持ったために、全く使えない「商品券」となっています。

その商品券の失敗(1)
地域振興はいいのですが、その商品券が使えるのはうちの場合は嵯峨野とか嵐山の商店街でしか使えません。健脚のボクラでも歩いて30分はかかるところへ、90以上の年寄りにどうしていて来いというのでしょう。バスや電車に乗るというのも家の者にとってはけっこう心配なのです。
ちなみに義理の母の場合も、歩いて20分以上かかる商店街が指定地域になっていました。

その商品券の失敗(2)
お役所はその商店街や街のお店の種類まで神経を使ってません。うちの対象の嵯峨野や嵐山のお店のほとんどは観光客相手のお土産さんや食堂・レストランなどです。まぁ、日常生活で使えるのはお酒やお茶といったモノくらいでしょうか。せめて、もう少し日常のお買い物ができる店を入れてくれよ。

その商品券の失敗(3)
有効期限は来年1月15日まで。3ヶ月の間に使ってしまえ。早く使わないと期限が切れるよという、年寄りの消費行動を無視した期限であります。

一人35000円ほど送られてきたのですが、そのうち5000円を地域振興で使っていいから、あと3万円はどこでも使えるJTBの商品券にするとかせいよ。それがダメなら市バスの回数券3万分に。それなら金券ショップで売ることもできるし。

うちの場合はオヤジから買ってやることにしました。そうしましたが、どこで何に使うかこれから思案しなければ。義理の母はみんなで何か食べに行こかといってます。
それにしてもお役所仕事の貧困さには、腹がたつ。もう少し考えろよ。「賢い方法でやりました」という顔が見えてくるから、余計腹がたつ。ほんと想像力がないなぁ。

2012年11月4日日曜日

古代奈良漬を探してぶらぶら


初めて桜井市の大神神社へ行ったのは、Cityに乗っていた頃なので、もう20年以上昔の話。大神神社へお参りした後、金屋の石仏というのを探していた時に出会ったのが小さな山の上のうどん屋でした。大神神社の横裏のあたり。うどんを食べに入ったら大きなポリバケツがいっぱい並べてあって、自家製の奈良漬を作っているとか。これが初めての、全然甘くない古代奈良漬でした。その奈良漬がおいしくて、3・4年後もう一度買いに行ったこともありました。

山辺の道の帰りに、その古代奈良漬けを探してみました。何しろその当時からおじいさんとおばあさんのお店。3時ころにはもう店を閉める準備してたから、店は開いてないなとは思っていましたが、見つかりませんでした。帰りにJR三輪駅の前のタクシーの年配の運転手さんに聞いたら、おじいさんが亡くなってからその「山川茶屋」はやってない、とのことでした。

JR奈良から近鉄に乗るべく広い通りを歩いていると、奈良漬屋さんが多くある。その一軒に入り、甘くない奈良漬が欲しいというと、甘さは人によって違うからと云われてしまった。さらに砂糖を入れない奈良漬は苦いばかりで美味しくないと。味見させてもらったら、そこそこ甘い。まぁいいかと、すいかと大根だけを買いました。
さらに歩いて行くと、ご大層な門替えの老舗の奈良漬屋さん。一目見ただけで高そう、という感じ。きっと奈良では有名なお店なのでしょう。

高くて失敗してもいいやとお店へ入ったら、主人が「うちの奈良漬は思うてはる奈良漬と違います」といきなりきたもんだ。「デパートの奈良漬のように甘くありません」 「色が黒くてびっくりされる人多いので説明させてもらっています」 「食べる分だけ洗って、冷蔵庫で3~4日ラップかけて寝かせてから召し上がってください」 「奈良漬は賞味期限で選んでください、うちのは2年、常温でもちます。」 「いろんな甘味や添加剤をいれるから日持ちしない」 「江戸時代は冷蔵庫なんてないでしょ、奈良漬は日持ちするもんなんです」 この「江戸時代に冷蔵庫ないでしょ」というのは3回ほど云うてはったわ。

でも味見させてもらったら、これがおいしい。全然甘くない。そういえば、あの三輪の「山川茶屋」の奈良漬も黒かったのを思い出した。三条通りの「今西本店」というお店。酒の香の濃い、独特の奈良漬け。ああ、ぶらぶら歩いてると、いい発見もあるもんだ。

2012年10月28日日曜日

山の辺の道てくてく


前から歩きたかった山の辺の道へ行ってきました。今回は天理から大神神社までの南のコース。
天理の長い商店街の中でうどんを喰っていざ出発。12時ジャストでした。コースは、ぶらぶら石上神宮へ行き、夜都岐神社から、竹之内環濠集落を横目に、崇神・景行天皇陵、桧原神社から大神神社へ17:00着というコース。

道は細いアスファルトの道4割、地道・あぜ道4割、石畳2割という感じ。
柿はたわわに実り、稲刈り風景もあちこちに、早生みかんも出来ていて、思いがけず秋真っ只中でした。これから紅葉が深まってくれば、ますます黄金色に輝く散策道となることでしょう。東海道自然歩道の一部で道標などの案内板もバッチリ。とくに天理市はお金持ちなのか、道に迷うことはありませんでした。これが桜井市に入ったあたりから、ぱたっと道標が少なくなってしまいましたが。
天理の街中を歩いたのは初めてで、天理教の施設の大きさと数には圧倒されました。すれ違う人の殆どがあの黒い天理教の法被を着ているので、ちょっとSF映画のようで目眩がしました。

山の辺の道は歩く人だけでなく、写真を撮る人、絵を描く人、歌の石碑を訪ねる人、考古学を勉強する人、山の方へ足を伸ばして山歩きする人、それぞれに興味深いコースがいろいろあるようで、こちらの勉強次第で何度でも楽しめそうな奥の深い道。今回行けなかった大和神社や長岳寺などもまた訪ねてみたいと思います。


見たかった桧原神社の三ツ鳥居を見て、大神神社へ向かう頃にはもう夕方。大きな夕日が二上山の方に沈む景色も圧倒的な美しさ。さらに、その夕暮れの陽差しが木々の間から挿し込み、三輪山に点在する小さな神社を照らしていたのは神々しさを感じる一時でした。大神神社の帰りには奈良漬を捜すという目的があったのですが、その話はまた次回に。