お気楽さんぽ

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2016年10月23日日曜日

あこがれの万平ホテルへ


 旧軽井沢の旧い別荘地には垣根がありません。浅間山の焼石を50cmほど積み上げ、敷地の境界線を示しているだけ。そしてこの地は苔の生育に適しているのか、どの庭もしっとりとした苔に覆われています。そうした別荘地の間を、縫うように個性的な小径がつながっています。そうした小径の一つ「万平通り」の突き当たりに「万平ホテル」が建っています。前から泊まりたいと思っていたホテルです。

「軽井沢・万平ホテル」のメイン・ダイニングには二つの大きなステンドグラスがありました。
一つは浅間山を背景にした大名行列を描いたもの。中山道を行く大名行列は、時代劇「一路」のようです。このホテルの前身が軽井沢宿の旅籠であったことを教えてくれます。そうそう正面玄関の上にも亀のステンドグラスが。昔の旅籠「亀屋」のシンボルです。


そうしてもう一枚のステンドグラスには、浅間山山麓でゴルフやテニスや競馬やドライブを愉しむ人たちが描かれています。日本のリゾート避暑地として早くから愛されてきた軽井沢。その社交の中心の場、ホテルライフの幕開けの時代が描かれているのでしょう。

泊まりたかった「アルプス館(現存している一番古いホテル棟)」は人気で予約不可。廊下続きの「アタゴ館」に。部屋は古く、すごく清潔とはいえません。それでもこの部屋から10室ほど向こうには、J.レノンが亡くなるまでの数年間、夏を過ごした128号室もあります。彼がどうしても譲ってほしいと言っていたピアノも記念室に置かれていました。クラシックホテルにはいろんな時代の空気が重なりながら流れています。


ホテルに泊まるということは、Barに行って呑むということ。食事前に1時間、カウンターに座りました。このBarのなりたちとかの話も聞けましたが、なんと言っても収穫は「万平ホテルのジンジャーエール」のレシピをゲットしたことでした。この話は一度レシピ通りに作ってからまたブログにアップしたいと思います。




ガラス絵の 浅間の仲間と 長き夜   (鯛風)


朝霧に 文士の影見た かくれ径