お気楽さんぽ

お気楽さんぽ
ラベル Drive a Go Go! の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル Drive a Go Go! の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018年8月9日木曜日

2,000km ロングドライブ



今年の五月は、九州をドライブしていた。昨年の北海道に続いて、
走行2,000kmを超えるロングドライブだ。クルマは「イグニス」という1,200ccのコンパクトカーだが二人乗車なら快適!(4人乗ると乗り心地が悪くなるが)。オートクルーズが付いてるので、足の疲れ全然なし。ナビの道案内もすっかりおまかせできるレベルだ。

クルマ旅がいいのは、知らない場所に自由に行ける身軽さ。そして、荷持やお土産や靴や傘やなんでも気にせず放り込める気楽さ。クーラーボックスを入れておけばこれもなかなか役に立つ。
ずっと高速に乗ってるより、少し地道を走るのもいい。一日目は高速に乗って目的地近くまで高飛びし、あとはじっくり・ゆっくりドライブというのが、最近のスタイル。
あそこの神社に寄ってみたい。足を伸ばしてあの店で昼めしを。などなど一旦停車が多い。

年寄りのクルマの事故が多い昨今、しっかり運転できるのは後10年くらいかな。それまでにドライブ旅を存分に楽しもう。もうすぐ完全自動運転のクルマができるかもしれないが、なんか面白くなさそうだし。



仁王立ち薄暑の空の観覧車
                                                                                                                                                                                                                                     
炎天から5メートル逃げ氷喰う                                                                                                                                             



2017年6月25日日曜日

天まで続く道ばかりだ


北海道へ行ってきた。10日ほどのあいだに2,500kmほど走った。写真は知床へ行く途中にあるドライブ・スポット「天に続く道」のいちばん高い場所。観光バスも立ち寄っていた。

北海道の道はこうしたまっすぐな道が多い。話には聞いていたが、そんな道ばかりだ。しかも皆けっこう飛ばしている。地道で70・80km。おかげでどこへ行くにも予定より早めに着けた。スピード違反の取り締まりなんて気配もなかった。ちょっと森にはいると『動物飛び出し』の標識に。おもわずアクセルを緩めたけれど。
鹿がひょいとガードレールを飛び越えて道に出てきたことも、パーキングエリアでキタキツネが寄ってきたこともあったので、動物事故はそれなりに発生しているのだろう。

クルマの台数も少なくて気持ちがいい。京都でいえば5月はじめくらいの気候。いろんな若葉が美しい「万緑」の景観。しかも、ほとんど広葉樹。ずっと、地平線や大きな空を見ながらドライブしていた。大都市・札幌へ高速道路を降りた時、あまりのクルマの多さと近さに戸惑ってしまった。



見えずとも ヒグマに見られし 夏の五湖





2017年4月1日土曜日

さよなら、メガーヌ


2004年9月から乗っていたルノー・メガーヌをついに乗り換えることにしました。13年目。2000ccのエンジンの調子はいいし、デザインは大好き。でも、もうすぐ車検。ディラーの整備の人と話をしていると、これから結構修理にお金がかかるかもという話。
今まで故障は多くはないけれど、同じ所が壊れたり、部品が高くついたりと、国産車じゃない不便もあって。しかもハイオクで、リッター9kmほど。年金生活の素浪人なれば贅沢は許されないと、決断したのでありました。

「ごめんね、メガーヌ」でもあります。今までのクルマはスキーに行ったり、蟹を食べに行ったりと長距離ドライブが多かったけれど、管理職になってからは長期休暇もなかなかとれず、あまり長距離に連れて行ってあげられなかった。半分リタイアしたような最後の2年間は九州や四国や軽井沢に行ったけど、それくらい。ゴルフではいろいろ行ったけど近郊だから。1日600km運転しても全然疲れない、いいクルマでした。


最近のクルマの進化は早くて、衝突回避のスマートブレーキは常識に。その他あれもこれも、いろんなセーフティ機能を装備。年寄りの事故が多い昨今、クルマのサポート技術もなかなかのものです。しかもハイブリッド中心になってきて燃費競争も熾烈。オサイフにもやさしくなっておる。このへんで新しいクルマに乗り越えておかないと、技術についていけないという気持ちもありました。
新しいクルマでは、素浪人月影兵庫のように、あっちへふらふらこっちへふらふら、長距離にもお気軽に出かけようと思います。



今朝芽ぶく  死ぬふりうまし  ハイビスカス(鯛風)




2016年10月23日日曜日

あこがれの万平ホテルへ


 旧軽井沢の旧い別荘地には垣根がありません。浅間山の焼石を50cmほど積み上げ、敷地の境界線を示しているだけ。そしてこの地は苔の生育に適しているのか、どの庭もしっとりとした苔に覆われています。そうした別荘地の間を、縫うように個性的な小径がつながっています。そうした小径の一つ「万平通り」の突き当たりに「万平ホテル」が建っています。前から泊まりたいと思っていたホテルです。

「軽井沢・万平ホテル」のメイン・ダイニングには二つの大きなステンドグラスがありました。
一つは浅間山を背景にした大名行列を描いたもの。中山道を行く大名行列は、時代劇「一路」のようです。このホテルの前身が軽井沢宿の旅籠であったことを教えてくれます。そうそう正面玄関の上にも亀のステンドグラスが。昔の旅籠「亀屋」のシンボルです。


そうしてもう一枚のステンドグラスには、浅間山山麓でゴルフやテニスや競馬やドライブを愉しむ人たちが描かれています。日本のリゾート避暑地として早くから愛されてきた軽井沢。その社交の中心の場、ホテルライフの幕開けの時代が描かれているのでしょう。

泊まりたかった「アルプス館(現存している一番古いホテル棟)」は人気で予約不可。廊下続きの「アタゴ館」に。部屋は古く、すごく清潔とはいえません。それでもこの部屋から10室ほど向こうには、J.レノンが亡くなるまでの数年間、夏を過ごした128号室もあります。彼がどうしても譲ってほしいと言っていたピアノも記念室に置かれていました。クラシックホテルにはいろんな時代の空気が重なりながら流れています。


ホテルに泊まるということは、Barに行って呑むということ。食事前に1時間、カウンターに座りました。このBarのなりたちとかの話も聞けましたが、なんと言っても収穫は「万平ホテルのジンジャーエール」のレシピをゲットしたことでした。この話は一度レシピ通りに作ってからまたブログにアップしたいと思います。




ガラス絵の 浅間の仲間と 長き夜   (鯛風)


朝霧に 文士の影見た かくれ径





2015年8月25日火曜日

大洲に行ったら「臥龍山荘」へ


法事で九州へ行った帰りに、フェリーで四国・愛媛に渡り大洲へ寄ってきた。大洲の「臥龍山荘(がりゅうさんそう)」や、内子の町並みを訪ねてみたかったからだ。
大洲には大洲城があり、小早川隆景や藤堂高虎といった武将が城主となった。その昔は宇和島や土佐、港の八幡浜を結ぶ交通の要衝の地だったのだ。江戸や明治の町並みが保存され、「おはなはん通り」はテレビドラマが撮影されていたとか。その街のはずれ、肱川(ひじかわ)の川淵を覗くように建てられたのが「臥龍山荘」だ。

木蠟(ろうそく)の貿易で財をなした河内寅次郎という明治の豪商が、10余年をかけてつくった山荘。建築マニアだった寅次郎は、桂離宮や修学院離宮、大徳寺などさまざまな名建築のアイデアをとりいれ、贅を尽くして構想。全国各地から吟味した銘木をふんだんに使い、京都を中心に集めた名工の手でこの山荘を造り上げた。細部には千家十職の細かな技も生きているらしい。
おもな建物は「臥龍院」「知止庵」「不老庵」の三つ。母屋の書院と、二つの茶室を、美しくデザインされた庭がつつみこんでいる。真夏だけに、庭師さんもたっぷりの水をつかって植木の手入れ。飛び石を歩けば、ひんやりして気持ちいい。

なかでも「不老庵」は川淵の崖の松をそのまま柱の一つにしてしまった大胆な茶室。庵は船に見立てられ、天井は竹網代に。その茶室を清水寺の舞台のように、崖から木を組んで支えている。茶室から下を覗くと肱川の川面が光っている。

山荘だから規模は小さく、お寺の裏庭の茶室まわりほど。でも、お金があったらこんな茶室や日本庭園をつくってみたい、そんなことを妄想する人にはとても面白い山荘。小さくてもアイデアがぎっしり。数寄屋建築のジオラマのような山荘。それが100年経って風格を纏い、いよいよ美しさに凄みを増してきたという印象。



夢の淵 あくびひとつを 夏みやげ



2015年8月1日土曜日

阿蘇をめぐって



家の引き出しに、阿蘇のロープウェイ乗り場で買ったメダルが今も残っている。小学生の頃は銀ピカだったメダルが、真っ黒メダルになってしまった。その時の阿蘇の印象は強烈で、ぜひもう一度行ってみたかった。今回、オヤジの納骨の後、阿蘇へ向かったのもそんな記憶を辿りたかったからだ。台風12号が長崎上陸かといわれていた午後3時頃、九州道を阿蘇へ向けて走っていた。

さすが台風の影響。晴れたと思うまもなく雲がわき、霧に包まれ、また光りがさしてくる。パキッと男らしい真夏の阿蘇を期待していたが、ミステリアスな雰囲気の阿蘇に出会ってしまった。今回は阿蘇に1泊したので、いろんな道を走り、南阿蘇の方の白川水源などにも足を伸ばした。しかしついに、高岳や中岳のその全容をみることは出来なかった。山頂付近は雲が降りてきて、まわりは霧状態。ときどき雲が流されると、草千里が現れる。もちろん山頂へは入山規制が続いていて、クルマも、ロープウェイもダメ。雲の切れ目からときどき白く光る噴煙が見える程度。でもかすかに見える噴火口の防空壕のようなコンクリートの塊は昔のままだった。

大きな外輪山に囲まれた阿蘇の風景は、阿蘇だけのもの。高原の感覚もあれば、青々とした長い林間道路もある。ハワイのような雨に浸食されたダイナミックな山肌がいくつも見られ、大きな裾野には畑がひろがっている。信州と違っていろんなお店やペンション、看板がないだけ景色が美しく感じられる。いったい何本くらいの林間道路が静脈のようにこの山々を取り巻いているのだろう。雄大な阿蘇の風景は、クセになりそうだ。

※写真は「ラピュタの道」付近。雲海が出る季節、この道をあがってくると空に続く道に見えるらしい。今は大雨台風で崖崩れ通行止めに。



草千里  緑千色  夏の風


中岳の 噴煙かくす 雲の峰



2014年10月19日日曜日

道後温泉に行ったぞなもし 1


その喫茶店は、尾道の志賀直哉邸の前にあった。千光寺へ行って、尾道の港を見ながらぶらぶら降りてくる丘の中腹にあった。店を閉めてどれくらいになるのだろう。昔は手入れされていたはずの多くの花が、雑草化しながらも咲いていた。年中、陽あたりがよく、穏やかな気候なのだろう。枯れずに健気に咲いてる。
昔は、京都にもこんな喫茶店がたくさんあった。アンノン族のディスカバージャパンの頃は、信州へ行っても北海道へ行ってもこんな蔦のからまった赤いドアの喫茶店が流行っていた。すっきりきれいな志賀直哉邸よりも、時代を感じさせる喫茶店ではあった。

それにしても、ネコの多い町だ。岩合光昭さんがカメラを構えていそうな細い路地があちこちへ続いている。路地の角を曲がるたびに、ゴロニャンしているネコたちに出会う。丘を降り、JRと国道2号線をこえれば、商店街。今日は大仮装行列大会の日。いろんな仮装をしたたくさんの人たちが練り歩いていた。別に追いかけているわけではないが、駐車場の方へ向かって歩くと「七福神」の仮装グループの追っかけになったみたいだ。11時頃食べた尾道ラーメンのお店「朱華園」も、2時くらいには長い行列ができていた。

今日はこれから「しまなみ海道」をわたり、途中で村上水軍の博物館を見たり、来島海峡の観潮船に乗る予定。道後温泉に着くのは夜6時くらいだろう。


空も海 1000kmドライブ いわし雲