2018年10月28日日曜日
台風に傷みつけられた京都
2016年9月19日月曜日
嵐電に「撮影所前」駅ができた
2015年11月30日月曜日
近所の植木園が消滅していく

2015年2月14日土曜日
電車の中で、梅が咲く
最近なにかとイベントの多い、嵯峨野のチンチン電車「嵐電」です。この前乗った電車は、「梅電車」でした。「北野天神号」という名でした。もうすぐ北野天満宮の梅花祭が始まるので、そのタイアップ広告電車です。それにしても、各アミ棚には造花の梅が飾られ、中吊りの広告の代わりに梅の写真がかけられ、観光客感激のしつらえになっています。香りのないのは残念ですが、広告効果は満点です。2014年7月27日日曜日
やっと、堂本印象を見に行く
この前紹介した「きぬかけの径」の、立命館衣笠キャンパスの前にこの美術館はある。ヨーロッパの絵本に出てくるような真白い、お菓子のような美術館。立命の新キャンパスが生まれたのと同じ頃、1966年にこの美術館は開館した。御室仁和寺や、竜安寺から金閣寺方面へと歩いて行くと突然、緑の丘のふもとにこんな建物が現れる。2014年6月7日土曜日
昭和オーラの変なお店見っけ
2014年1月18日土曜日
電車がストの日は線路で遊んだ
2013年10月5日土曜日
50年前から、鏡面文字の看板
嵐電の西院駅前にこの教室はある。中学生の頃にはあったと思う。電車の車窓からすぐ前に見えるこの鏡面文字の看板は、その頃はペンキも剥げていた。けったいな看板、というのが第一印象。なんでも教えるんや、が第二印象。はじめは、なんて書いてあるか、熱心に見てたはずだ。この看板は、僕が広告の仕事をするずっと前から、広告とはなんぞや?という「問」を発信してくれていたのだ。
嵐電で遠足に行く今の小学生たちも、自然とこの看板と向きあうことになる。きっと目の中に「???」が浮かぶことだろう。こういう、ほどよい刺激のある町はいいね。歩いていて、楽しい。
2013年8月31日土曜日
家の近くで火事があった
家の前が幹線道路なので、パトカーや救急車、消防車がよく通ります。嵐山まで一直線の道なので、お寺が火事となったら、京都中の消防車がこの道に集結してくるようです。しかも電車の踏切があるので、救急車両も一旦停止。電車が通るときには、お行儀よくサイレンを止めて待ちます。
よっこらしょと起きた家人が、窓を開けると「焦げ臭くない?」。確かに焦げ臭いし、目の前には消防車が止まってる。表に出て、幹線道路にでたら、もう煙がもうもうとして200mほどは霧のようで、道路の見通しもよくありません。
10軒ほどの西のラーメン屋から、煙が出ていました。火は見えず、煙だけ。お店だけで住人はいないので、けが人もいないようです。後で、回ってきた回覧板によると火の不始末だったとか。
それにしてもこれくらいの小火でも、大事にいたらぬよう、10台もの消防車が来ていました。
2013年2月8日金曜日
北野神社で「福は内」「福は内」

2月3日節分。どこか面白そうな節分はないかと、「京都手帳」などを見ると、おなじみの北野神社でも茂山千五郎社中の狂言と、上七軒の舞妓さん芸子さんによる踊りがあるらしい。
北野神社にお詣りにきた善男善女を深泥池の鬼が襲うが、福の神が出てきて、鬼を払うという「北野追儺(ついな)狂言」。茂山逸平さんもいたが、今日は裏方にまわってかいがいしくお手伝いをされていた。
最後に舞台から、出場者全員や神主さんたちによる豆まきが行われた。福豆も3袋ゲット。
北野の梅ももうだいぶふくらんでいて、こちらのお楽しみもすぐのようです。
2012年11月12日月曜日
使えない! 介護保険の商品券
2012年10月21日日曜日
町から地道がなくなっていく
2011年11月19日土曜日
京都の紅葉はまだまだどすえ
川を舞台にした、なかなか趣のあるイベント。秋の嵐山に来たことがない人は、来年の「紅葉まつり」にはぜひどうぞ。歩いていける釈迦堂の嵯峨大念仏の狂言も、この日は船の上で演じられる。
散歩にいい季節。昨年はコンビニでお弁当とビールを買って、見物しながらお昼を食べたが、今年はさっさと次のお散歩コースに向かった。
紅葉まつりといっても、嵐山の紅葉はまだまだ。写真のように薄らと色づきはじめたところ。嵯峨野のお寺の紅葉もまだまだ燃えるような色にはなっていない。1週間たった今も、まだまだ。家の近くの銀杏さえ、まだ緑の葉のものが多い。高雄や大原は知らないが、京都市内の紅葉シーズンはあと2週間という感じだ。
この土日はあいにく雨。金閣寺にいらっしゃったブータン国王夫妻をはじめ秋の京都を楽しみに来られた観光客にはちょっと残念な空模様だ。今日は一日テレビを見て過ごそうか。とりあえず午前中に散髪に行ってすっきりしてきた。
2011年10月23日日曜日
秋祭りがあちこちで
今朝は朝から家の前の道路を、楠木正成公が御所へ向かった。今日は、時代祭。昨日雨だったので今日に順延された。そして、わが常磐野学区からは楠公上洛の行列が時代祭に加わることになった。
こんなことは記憶にない。あの時代祭のお供の人たちがアルバイトであることは知っていたし、外人さんが喜んでたくさんの人が参加するのも微笑ましく思っていたのだが。
主人公たちのメイン行列は、京都市の各学区の持ち回りだったのか?今まで、そんな話を聞かなかったのは、常磐野にも時代祭の話がくるほど学区が大きくなったということか。それとも新しい時代祭システムなのだろうか。
最近は地域のお祭りが活発なようだ。ほんの数年前までは、氏子のお祭りの参加者を募集してもなかなか人が集まらず、町会の役員を中心にむりやり参加させられていたのに。この頃の若者たちは、地域のお祭りやイベントに積極的に参加するみたいだ。祭りはもとより、運動会などのイベントの動員もスムーズに行っているみたい。古い町と新しい町がいりまじる、京のややこしい町内にも、積極的な若者の住人が増えてきたのはとてもいいことだ。
地元の小さな祭りにも、路地には屋台が出店されていて、「晴れ」の日感覚いっぱい。法被を纏ったちびっ子たちや、中学生のお姉さんお兄さんたちも太鼓をたたいたり、獅子舞を舞ったり大忙し。1時間ほど散歩する間に、あちこちの町内で3つほどの祭りに出会った。
ところで、楠公の行列は、花園まで30分ほど行列。そこから、バスなどで御所へ向かい、時代祭に参集するらしい。秋晴れの、祭り日和だ。
2011年6月5日日曜日
なんか頑張ってる嵐電なんだ
そして下の写真は、交通安全週間の期間限定か。パトカー色にお化粧したパト電だ。朝なんか出勤の時、幼稚園の子供たちと一緒になるのだが、パト電が来たら、歓声をあげて大喜びだ。そしてこうした電車に混じって、季節の「梅電車」や「桜電車」、「お化け電車」また、小学生たちの絵を広告スペースに掲載したギャラリー電車などが走っている。
観光のメインの駅は「嵐山駅」だが、プラットホームの「足湯」は何年か前から人気だ。そして最近の夏の定番はプラットホーム・ビアガーデンだ。「帷子ノ辻(かたびらのつじ)駅」も40年ぶりに、車椅子にやさしい駅にリフォームされた。料金も、旅行者にわかりやすい200円均一になった。この春には、PITAPAも導入された。着々と「もっさい嵐電」から「できる嵐電」へと進化している。
いったい何があったんだろう。
2010年9月23日木曜日
朝早い嵐山をぷらぷら

お久しぶりです。夏バテで、ブログさぼってました。体調は大丈夫ですが、気分的にサボってました。それにしても暑かったわ。9月に入っても猛暑日が続くくらいだから。動けば汗が出てくるわけで、お散歩も、夕方も無理無理。で、土日のどちらかは、朝6:30頃に起きて、7:00くらいから散歩に行ってました。なんぼでも寝られるワタシには、ひじょうに珍しい行動パターンです。
この前の休みは、嵐山に早朝散歩に行ってきました。ワタシには早朝なのです。ひょいと嵐電に飛び乗り、帰りにぶらぶら1時間半ほど歩くコース。朝早い、観光客のいない嵐山がこんなに気持ちいいとは新発見でした。朝の風は清々しく川面を渡り、斜めからの朝の光に川面はキラキラとしています。観光客の熱気も埃もなく、犬たちも自分のテリトリーをゆっくり歩いています。
川舟遊びのボートの上では、白鷺がのんびり川面を見つめています。白鷺は船遊びが好きなようです。このあと、広沢の池の方にまわった時も、白鷺が屋形船の屋根にいました。そういえば、ちょっと前、高台寺の枝振りのいい松のてっぺんで、辺りを睥睨しているような白鷺を思い出しました。日本画を見ているようないいシーンでした。
この日は夕方から鴨川へお出かけ。恒例の維新探検隊の川床宴会でした。武市半平太が上洛した際に泊まっていた「丹虎」という料亭跡で、今は「金茶寮」という料亭。武市の泊まっていた部屋の、南天の床柱にもみじの板を張った床の間は、そのまま残されていました。朝は大堰川、夕は鴨川。体内に残る夏の暑気が、川風に冷まされていくようです。
2010年8月23日月曜日
昔地図を描くべきだと思った

少しずつ、失っていく。思い出の場所が無くなっていくのは致し方ないとしても、記憶まで。幼稚園まで通ったあぜ道も。台風の時、氾濫したドブ川も。雪ゾリで遊んだ坂道も(昔はそれくらい雪が積もったのに)。自転車を覚えた校庭も。いやいや、場所だけじゃない。お花見をした近所の人たちのことも、引っ越していった友だちのことも、顔とか名前の記憶も薄れていく。
これは、いかん。初めての体験ばかりだったあの時代は、笑顔の記憶に満ちている。素敵で懐かしい、あの時間を引き留めておくためにも、昔の家のまわりの地図を描いておこう。記憶が薄れていくものなら、その前に記録しておこう。
と思って、まだやっていない。今ならまだ、家の垣根の佇まいや、町内の道や、家々の隙間に、古い町の面影が残っている。その頃の時代の匂いも思いだせそうなのに。
早く手を付けないと、と思いながら、老後のお楽しみにとっておこうとも思っている。まぁ後でゆっくり出来るだろうと。でもきっとこういうことは、どんどん忘れていくディティールの部分こそが面白いのだろう。懐古趣味と笑われても、楽しい思い出に浸れるなら、宝物のような時間は大切にしていこう。
ところで、Google Earthでも、今の写真ではなく、古い写真の世界をトリップ出来るサービスがあるみたいだ。どういうサービスに成長していくのだろう。年齢を重ねるほど、土地土地への思い出や記憶のレイヤーも重ねられていく。若い人たちより二倍も三倍も楽しめるサービスになるのかも知れない。
2010年2月21日日曜日
こんな嵐電で、通勤してます
毎朝、乗っている嵐電(らんでん)をご紹介します。この電車は、小学校に通うときから乗っていました。「四条大宮」駅から「嵐山」駅への線を嵐山線、途中の「帷子の辻」駅から「白梅町」への線を北野線といいます。小さい頃は、「白梅町」までではなく「北野」(天満宮の手前まで)が終点でした。市電の北野線が廃止になったのと同じ頃、現在の「白梅町」まで、線路が短くなったと記憶しています。
京都の市電がなくなってしまったので、京都で唯一、車道を走る路面電車です。車の信号で電車も停車します。路面電車に慣れていない観光客はビックリしています。事故が起きそうで、起きない。あまりにもスリリングすぎて皆が気を付けているからでしょう。アブナイのは年寄りで、電車が来ても平気で道を渡っています。
ワタシが好きな電車は、上の写真のレトロな色の電車です。旧い車輌に、塗装や内装をし直して走っています。なかなかおしゃれです。昔は、小学校の校舎のような油びきの木の床でした。その旧さも良かったのですが。
この10年ほどの間に、車輌をラッピン

グして広告媒体にするなど、嵐電も変わってきました。広告ではないですが、源氏物語の絵巻がラッピングされた電車は、中吊りポスターの代わりに絵巻の絵がかかっています。この、水木しげるの妖怪電車は夏の間はお化け屋敷の電車として走ります。乗った子供たちはわぁわぁ泣いているようです。車内灯を消して、妖怪が乗っているのですから、さぞ怖いことでしょう。
昨日の朝日新聞夕刊の「ぷらっと沿線紀行」でこの嵐電が紹介されました。写真は最近走り出した、梅電車でした。網棚などが梅の造花で飾られ、車内は沿線の梅の名所の写真ギャラリーになっています。北野天満宮は今、五分咲きのようです。














