お気楽さんぽ

お気楽さんぽ

2010年1月9日土曜日

彼らは何処へ



たぶん妙心寺あたりのお坊さんの修行でしょう、ときどき雲水さんが「ほぉ~~~」と声を出しながら町内を歩いていきます。(「法施(ほっせ)」といっているらしい)。休日の朝とかが多くて、眼を覚ましてしまいます。いつもは10人前後なのですが、この前会社に行く時に、西の方から50人くらいの雲水さんがこちらに向かってきたのでびっくりしてしまいました。
そういえば、その前の休日に嵐山の天竜寺に行ったとき、若い坊さんが集団でいたので、きっと彼らなのでしょう。


昔は玄関に立ち止まり、お経のようなものをあげてくださり、母親がお米などをあげていました。今は各家を回って托鉢するより、お経をあげながら通り過ぎていくという印象です。
冬の寒いときにわらじ一つでと思って足下をみたら、なんかスニーカーのようなモノを履いています。おやおや、それもお揃いみたいです。京都のお寺で修行の合宿があるという感じです。

ベテランの雲水さんの声は透き通り、よくハモり、町内に響く「ほぉ~~~」が輪唱のようで、とてもキレイなのですが、この日の雲水さんたちはバタバタと騒々しいのでありました。
そう云えば昔は、虚無僧さんも町内を歩いていた。家で留守番している時に、玄関の前で尺八など吹かれて、とても怖かった記憶があります。

時代劇のスパイはみんな虚無僧の姿をしていましたね。虚無僧さんの姿は、最近、町中はもちろん映画の中でさえ見なくなりました。

2010年1月3日日曜日

「お宝」探して、セーリング


あけましておめでとうございます。
二番底が来るだの、鳩山政権は参院選まで持たないだの、どうも落ち着きがない世の中。そう言いながら通勤電車で出かけ、一年の大半を都市で働き、帰ってもTVの情報を中心に暮らしていると、どうもそのペースに乗せられてしまっているみたいです。「稀薄」で「ちゃらちゃら」で感動のない時の流れ。
そうした流れには流されず、というより、流れを気にせず、流れに足をとられることなく、しっかり歩いていける術を見つけなければと思う新年であります。
写真はいつもお参りに行く上賀茂神社で買った宝船の版画。今年が皆さまにとって、幸せ多い年でありますように。本年もマイペースで「お宝」探して、お気楽さんぽしてまいります。どうぞよろしくお願いいたします。

2009年12月30日水曜日

Bye Bye 2009

仲間たちとの恒例の「かに道楽」での忘年会も終わり、いつもの「京都ゴルフ」での大晦日ゴルフ(今年は30日でしたが)も終わり、お墓参りも終わり、後は部屋を片付けるだけという、いつもの年末がたんたんと進んでいます。

そして「お気楽さんぽ」も今年最後となりました。今年の1月から始めたこのブログがこんなに続くなんて、いちばんビックリしているのは私です。ブログをしたいなぁとは漠然と思っていたのですが、試しにとso-netやGoogleのブログページをいじっている間に、勝手にアップされてしまったみたいな状況で、始めることになってしまいました。

日記など長続きしたためしがないのに、こんなに続けてこられたのは、いい加減なペース配分と、読んでくださっている皆様のおかげです。今年コメントを寄せてくださった方、本当にありがとうございました。

● hulagirl66さん ● しお爺さん ● ゆきちゃん ● Kitamura_Yさん ● ヨウドウさん ● シンチャン ● マシュケナダさん ● O'Sam さん ● ぴのこさん ● Chiffonさん ● 温泉玉子さん ● らんぽさん ● こ」おやおややおや さん ● えつこおかあさん ● レフティさん ● くろしん さん ● 嵯峨の金物屋さん ● マンボさん ● 隊長さん(コメント順)

そして、コメントはしてないけれど、よく読んでるよという皆さんもありがとうございます。

ネタがどこまで続くかはなはだ不安ではありますが、あと1年は大丈夫でしょう。昨年行ったHawaii ネタもまだまだあるでよ。そんな訳で、来年も頑張ってみようと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

2009年12月23日水曜日

ストロングコーヒーを窓際で


昔、我が家で母親が喫茶店をしていた時期があった。その頃のコーヒー代は80円くらいだったと思う。そしてその頃は多くの喫茶店で、ストロングコーヒーを出していた。うちの店ではネルのドリップでコーヒーをたてていた。それを店が始まる前に飲んでいた。濃いめのコーヒーにミルクを入れてちょっとマイルドにして飲む。香りも味わいも、まったりとしていい感じ。朝の陽がちょっと差し込む窓際の席だった。

写真のコーヒーミルは、その頃から豆を挽いてきたマシーンだ。今はもう、うるさくて、振動が激しくて使っていないが、キッチンのアクセントになっている。知る人ぞ知る、富士ロイヤル製だ。

その頃から「アメリカン」コーヒーも多くなってきたようだ。外国旅行に行く人も増え、向こうの何杯でもおかわりできるコーヒーを好む人が増えてきたからだろう。うちの店ではきちんとアメリカンをたてていたが、お湯で薄めてアメリカンという店も多かったようだ。ずっと濃いめのコーヒーを飲んできたから、アメリカンは頼りない。

だんだんとストロングコーヒーを飲む店も、飲むことも少なくなっていった。会社の近く、肥後橋の駅近くに「柳屋」という喫茶店があって、品のよいおじいさんがおいしいストロングコーヒーを淹れてくれていたが、その店も無くなってしまった。
この10年ほどは、会社の近くの小さな喫茶店に通っている。そこはサイフォンで、濃いめのコーヒーを淹れてくれる。リタイアしたらコーヒー店でもやろうかという義理の兄さんのコーヒーが、またおいしい。コーヒーは自分で淹れるより、淹れてもらった方がおいしい。

2009年12月13日日曜日

ピンボールなら1台ほしいかも


シュルシュル、ビィヨ〜ン、バシバシビュイーン、ポコポコポコ、バシバシビュンビュン、カコーン!
今、どれだけの人がピンボールマシーンを知っているのでしょう。電動スマートボールのようなモノで、銀色のボールをはじいて得点を重ねていきます。穴に入れたり、柱にぶつけたり、壁に当てたりしながら点数アップ。真ん中ストレートに落ちてきたボールを、バットで打ち返すがごとく左右のボタンでバー(フリッパー)を操作します。
このボールを打ち返す音から、僕たち周辺の中学生はこのマシーンを「ビュンビュン」と呼んでいました。


中間試験や期末試験が終わると、即、街へ飛び出し映画を見に行ったりしましたが、その頃この「ビュンビュン」は映画館の入り口などに並べられていました。映画を見ずにビュンビュンだけしていた日もありました。
そうそう、今はない嵐山ホテルの地下の遊技コーナーには、ひも付きピンのボーリングなどと一緒に、「ビュンビュン」も数台ありました。

マシーンに体をぶつけてボールをコントロールしていくのですが、ぶつけすぎると「カコーン!」という音とともにTILT!となり、ボールをはじくフリッパーが動かなくなってしまいます。カナシ~イ!  でも、手首をクッションに、体をぶつけていかないとボールに勢いはつかず、高得点は望めないのでした。

今でも多分、ピンボールがあれば夢中になってしまうでしょう。でも、子供たちがいっぱいのゲームセンターなどには行きたくもありません。きっとピンボール・バーなどもあるのでしょうが、どうもねえ。
おまけに、2つや3つのボールが同時に出てきたり、2階建て盤面になるなど、どんどんバブリーに派手に進化し、もう昔の「ビュンビュン」の面影はありません。電子式のカウンターより、ドラム式の数字が回っていくカウンターが懐かしい。どんなゲームも複雑になっていくほど、シンプルな頃の面白さを失っていくようです。

2009年12月1日火曜日

秋深し 紅染まる シネ探路

というわけで、久しぶりのシネマ探検・町歩きに行ってきました。メンバーは8人。手術したはずのNさんも元気に参加。今日は京大近くの(ホットケーキのない)進々堂前に集合して、吉田神社や真如堂など東山方面を巡る予定です。天気は、快晴とはいかずあいにくの曇りですが、紅葉は今が盛り。真っ赤かになっている模様です。

いつもの鬼平犯科帳のシーンを探して、まずは吉田神社へ。「この辺りが撮影に使われた場所」と指さすリーダーNさん。さすが事前の予習もばっちり。次の目的地へ、しばし吉田山を散策。落ち葉に埋もれた散策路。町中にこんな素敵な森があるなんて。


そして真如堂へ抜ければ、さすが紅葉の名所。観光客がとたんに増えてきました。ちょっと枯れてきてはいますが、美しい風景。その紅葉の向こう、池の畔に、今日のお目当て「京都・映画誕生の碑」がありました。
(京都で劇映画が創られて100年目の昨年、第1作<本能寺合戦>が撮影されたこの真如堂に碑が建てられました)

くろ谷さんで、会津藩士の墓所などにお参りしながら、永観堂方面へ。お昼に寄ったのは「一番星」というちょっと名のあるラーメン屋さん。午後の予定は、哲学の道から、永観堂へ。そして東山から岡崎へ。人混みに揉まれながら、人混みを避けながら、紅葉色に染まっていくシネ探の面々でした。

こういうグループでの町歩きは本当に楽しい。ブラブラ前に行ったり後ろに下がったり。七人の人たちと、たわいない会話の花が咲いていきます。気の置けない仲間たちとの充実した時間は、あっという間に過ぎていきます。
打ち上げはいつもの新京極「スタンド」。のはずだったのですが、一杯。三条小橋の「こがんこ」で沈没とあいなりました。

久しぶりに鮮やかな色のついた今年の紅葉も、そろそろフィナーレ。翌日の日曜日には、京都で初氷を観測したそうです。シネ探、次は何処へ。若葉萌えだす頃でしょうか。また、遊んでね。

2009年11月22日日曜日

昔懐かしの味、ミルクティー

紅茶は淹れ方にうるさい。英国ならではの、習慣がある、技術がある、作法がある。紅茶の仕事をしている時に、その辺の勉強を随分したが、まだ覚えているかな。
「お茶」というのは、人と人の話をつなげていくためのいちばん身近な飲み物だから、心をこめて供さなければならない。だから、中国茶も日本の煎茶や抹茶も、その淹れ方にはその国らしい文化があらわれるのだろう。

とまぁ、格式を楽しむお茶もいいのだが、今日のテーマは懐かしいミルクティーだ。ワタシの記憶に強く刻まれたミルクティーの味は、小学校1~2年生の頃に友だちの家でごちそうになったものだ。

その家の食卓は当時としてはめずらしく、テーブルに椅子だった。その時なぜか、ホットケーキもあった。その家のお母さんはとてもキレイで、サンヨー婦人のようなスカート姿だった。この時のミルクティーがとてもおいしくて、家でもつくってもらったくらいだ。

でもしばらく、この味を忘れていた。喫茶店の、フレッシュがついてくるミルクティーに記憶を上書きされていたのだろう。紅茶にミルクを入れるものと思いこんでいた。英国のミルクティーは、ミルクと紅茶のどっちを先にカップに注ぐかとか、その理由にはそれぞれ蘊蓄があるのだが、懐かしのミルクティーはそんな味ではなかった。

しばらくして思い出した。あのミルクティーは、牛乳を温めて、その鍋に直接、リプトンの缶から紅茶の葉を入れていたのだ。ロイヤルミルクティーといい、チャイに近いのものだ。カップに注がれたミルクティーにすこし紅茶の茶葉が入っていたりした。あの時代のミルクティーはこれだ。ティーバッグなどない時代の豊かな味わい。

私は水を入れず、ミルクだけで濃いめにつくります。茶葉はアッサムがいいと思います。一人スプーン一杯の茶葉をミルクが沸き立つ前に入れ、紅茶の色が出てきたら火を消して、少しかき混ぜてつくります。

2009年11月17日火曜日

淳和天皇陵が頂上にある、小塩山へ

JRや阪急で京都に向かうと、向日町のあたりでアンテナや鉄塔が5~6本立っている山が西に見える。それが小塩山だ。その小塩山に登ってきた。お目当ては、山そのものではなく、山裾の勝持寺(花の寺)や金蔵寺の紅葉だ。
クルマで洛西ニュータウンのラセーヌ駐車場へ。  → 正法寺    → 大原野神社   → 勝持寺  → 小塩山  → 金蔵寺  → ラセーヌ  という一周コースの予定だ。

里山の紅葉は緑と朱色がほどよく混じり合い、とてもキレイ。行くならいまだ。勝持寺は「西行桜」で有名な花の名所なので、桜の紅葉に期待していたがすでに落葉。もみじが思いの外キレイだった。オススメです。

近くの大原野神社は紅葉見物と、七五三参りのファミリーがいっぱい。小塩山を降りたところの金蔵寺は、交通の便が悪く観光客も少ないが、下の写真のように、山の緑、銀杏の黄、さまざまな紅葉が美しかった。

さて、小塩山。アンテナ保守用のアスファルト道路を歩いて6kmのコースもとれるが、まっすぐ登る山道を選択。これがしんどかった。その上、前々日の雨で、道の岩や落ち葉が滑りやすくなっている。1時間半ほど登って、頂上へ着いた。
頂上には淳和天皇(第53代天皇、父は桓武天皇)の御陵さんがある。標高682m、こんな山の上にある陵墓は珍しいらしい。淳和天皇は西院帝とも呼ばれ、西院にあった淳和院でお亡くなりになり、遺骨を粉にしてこの山に蒔かれたとか。阪急沿線にご縁のあるお方だ。陵墓が出来たのは明治に入ってからという。
この小塩山はまた、広葉樹の種類が多く、春のカタクリやギフチョウが有名で、他県からの登山者も多いらしい。知らなかった。来年の春には、勝持寺の桜と小塩山のカタクリを見にもう一度登ってみよう。カタクリといえば、マキノの赤坂山にも登ってみたい。GW頃、どなたかご一緒しませんか。

2009年11月3日火曜日

最近、タカダワタル的な朝

昨年、新しくなった右京区の図書館でCDを借りるようになった。2週間2枚までだが、無料。TUTAYAには置いてないような古いCDがある。で、プラプラ行って見つけたのが、高田渡だ。
ビジネスとしての音楽とは全然違う世界がそこにはあって、気分がほのぼのとしてくる。ライ・クーダーなんかも歌詞がちゃんとわかっていれば、こういう世界なのだろうか。日常を歌っているようで、とてつもなく広い世界へイメージを広げていってくれる。

そもそも、高田渡を聴き出したきっかけは映画「タカダワタル的」を見てからだが。それまでは全然聴かなかった。知っていたのは「自衛隊に入ろう」くらいか。高校生だった。でも映画が面白かった。
この映画を見てから、彼のどのCDを聴いても、映画で感じたライブ感がイメージできる。伝わってくる。

最近よく聴いているのは、彼が亡くなる前に、息子の漣とNHKのラジオの番組でスタジオで公開録音したライブだ。聴きながら顔がふにゃけていく。会社へ行く前に、こんなにふにゃふにゃにされたらヤバイなぁ~って感じ。もうどうでもいいワ、家に帰ろう。酒でも呑もう、友だちに会おう、というような強いメッセージを送ってくるんだもん。

公園でギターを練習している姿を近所の人はよく見ていたらしい。指がいうことをきかなくなってきたことが許せなかったらしい。素敵な酔っぱらい。
こういう、のんびりした毒がまわってくるような音楽は、歳をとってきてからが楽しめるのかも。高田渡、オススメです。

2009年11月1日日曜日

ついに二代目、BBQ コンロ

ブリキで出来たバーベキューコンロを、この15年ほど愛用していました。1000円くらいで買ったと思いますが、値段も忘れてしまいました。山登りをする会社の後輩のO氏に教えてもらいました。とても良くできたコンロで、折りたたみの七輪のようなものです。
30cm × 30cm × 7cm くらいに畳めます。そして、金網が中に3枚設置でき、まん中に炭を入れて熾します。
焼き肉は一番上の網で、鍋をする時は鍋を2段目の網の上にのせると、スッポリ収まり熱効率も最高!食事が終われば、マキをつっこんで焚き火もできるというスグレモノでした。
実に良く頑張ってくれたコンロだったのですが、もうサビサビ・ベコベコ。使えなくなりました。

二代目を探し初めて5年くらいになりますが、どこにも売ってないのです。こんなスグレモノがなくなるはずはないと思うのですが。京都周辺の量販店・アウトドアのお店も、滋賀や神戸などの偶然入ったお店で探してもありません。アウトドアの雑誌にも、ネットの通販を見てもないようです。誰かおしえてくれ~ぇ。

で、仕方ないので、2年前くらいに一代目に近い機能を持ったものを見つけ買いました。オールステンレス製で、コンパクトに折り畳め、十分なのですが、鍋がスッポリ収まらないのが欠点です。今年の秋も一度、この二代目を持ってバーベキューに出かけました。
(写真が二代目、ステンレスに河原の小石が写り込み見にくいですが)