お気楽さんぽ

お気楽さんぽ

2009年9月30日水曜日

●●● 嵯峨野の裏道 #9 竜安寺辺り ●●●


どこやったかなぁ~ここは。メモもせず、気ままにシャッターを押すからどこかわからなくなる。多分、竜安寺をずっと南に下がってきた辺り。西に真っすぐ行けば仁和寺へ行けますという道を、ちょと入ったところの小径だったと思う。知らずに歩いていると、大きな家の玄関に続いる様子。お店でも何でもなく、普通の家。この道はもう、敷地に入ってしまっているのだろう。

こうした道に迷ってみるのも、お散歩のお楽しみ。きちんと手入れされた生け垣を維持するのは、どれくらいかかるのだろうなどと考えながら歩く。この辺り、昔からの豪邸が多く、何十年も変わらない露地、大きな家の間を歩くのが楽しい。ところが最近は、大きな敷地が持ちこたえれられなくなったのか、豪邸が潰されマンションに変わったり、分譲住宅が建てられていく。
個人が、古い建物を、古い佇まいのまま残していくのは難しい。

2009年9月27日日曜日

氷河時代の花咲く、深泥池


びしょ濡れの女性を乗せた幽霊タクシーでおなじみ。京都でも有名な心霊スポットの深泥池(みどろがいけ)。ですが、今日はそちらの話ではなく、池全体が「深泥池生物群集」として国の天然記念物に指定されているというお話。

京都最古の自然が残っていること。おつゆに入れるジュンサイがとれること。氷河期からの生き残りとされる生物もいて、非常に学術的に貴重な池であることなどは、京都では学校で習います。
自転車でこの辺りまできたら、池の手入れをする人や、勉強会の人々がいて、しばらく眺めていました。

なんか、落ち葉が落ちて池にひろがっていると思っていたら、所々に黄色い小さい花が咲いていることに気がつきました。帰ってネットで調べると、落ち葉のように見えたのはジュンサイの浮葉であること。花は「ミカワタヌキモ」で、氷河時代から生き残っている、絶滅寸前種に選定されている食虫植物だそうです。
さらに奥に見える、草原のような「浮島」は、植物の泥炭の上にさまざまな植物が繁っているもので、まさに浮いている島らしい。冬になると少し沈み冠水し、夏には浮き上がると池の案内板にも書いてありました。


この日も職員らしき人がこの希少な池を守るべく、仕掛け網の調査などしていました。聞いてみると、一つの網にブルーギルやブラックバスの小魚が8匹ほど掛かっていたと見せてくれました。外来種の影響で、この池の自然が脅かされているようです。休日返上の調査、ご苦労様です。
水生植物の宝庫で、日本有数のトンボの生息地。アマチュアカメラマンも熱心に通っているようです。なにか四季折々、足を運んでも面白そうな深泥池でありました。

2009年9月22日火曜日

伊吹山から関ヶ原へ


先週の日曜日、思い立って伊吹山へ行ってきました。初めてです。名神の関ヶ原 I C で降り、関ヶ原の戦いで石田三成が陣をはった笹尾山のトンネルを抜けると、すぐにドライブウェイ。一気に山頂駐車場まで行けます。駐車場から山頂までは、直線15分コースなどコースもいろいろ。今回は西道迂回コースで、40分かけてゆっくり山頂へお気楽さんぽしました。

夏の花は終わり、これからは秋の花の始まりなのでしょうか。色とりどり、という訳にはいきませんでした。ちょっと肌寒く感じました。上の写真は、「サラシナショウマ」という高山植物の群落。山頂までのあちこちに咲いていました。「リンドウ」はまだ蕾のほうが多いようでした。駐車場からの遊歩道は歩きやすく、信仰の山だけにお年寄りも多く、ペットのワンちゃんまで見かけます。

さすが伊吹からの眺めは壮大。びわ湖は湖北や竹生島から、南は彦根の先まで一望できます。東北の郡上方面にかけては、どこまでも山並みが連なっています。山頂はお土産屋さん兼食堂の山小屋がズラリ。伊吹山頂の標識で皆さん記念写真。すぐお隣には、日本武尊の像がスクッと立っておられます。山頂のお花畑は春に来れば、さぞかし花がキレイなことでしょう。

さて、この日のおまけは関ヶ原の資料センター。伊吹山の帰りに関ヶ原の町営らしい資料館にちょっと立ち寄ってみました。入り口には、関ヶ原町を空撮した電光パネル。このパネルのランプを点灯させながら、合戦の模様(東軍西軍の武将の動き)を説明してくれるのですが、これがわかりやすい。その他、武将の甲冑や旗印など、予算はないが頑張っているという資料館。この前の「天地人」の関ヶ原のシーンも、ここで予習していたおかげ各軍の動きなどがよく理解できました。

2009年9月19日土曜日

陽が沈んだ後の、夕焼け


夕焼けとともに、夜が始まる。こんなゴージャスな時間は、働いているサラリーマンにはなかなか実感できません。サマータイムでも実施されれば別でしょうが、多くの場合まだオフィスの中。夕焼けすら見られないはずなのですが、私の会社は大阪の土佐堀川に面していて、ときどき美味な夕焼けにお目にかかれます。大阪湾の上に広がる夕焼けが、ビルのシルエット越しに会社の窓や、橋の上から見られます。

夕焼けは、陽が沈んでからが美しい。ということに、去年ハワイに行ったときに気がつきました。この写真の状態から、まだまだ赤く、ビロードが波打つように空が変色していくのでした。まだ、20分は楽しめたでしょうか。
強い太陽の残照と、夜のとばりがせめぎあい、より深い濃い空になっていきました。すぐ夜にならず、夕暮れの時間が永いのも、熱帯の島ならではの事なのでしょうか? 特別な時間をプレゼントされたようでうれしくなります。京都ではピンクに染まることはあっても、深紅の夕焼けはなかなか見られません。

美しい夕焼けが、美しい夜に変わる時間。このシルバーウィークは、そんな時間も楽しんでみようと思います。もう、秋。ベランダではだいぶ前から虫の鳴き声も聞こえてきます。十五夜も、もうすぐ。今年は、10月3日の土曜日らしいです。夕焼け時からまん丸お月さまが出てくるのを楽しみながら、ゆっくりお酒でも。なんて日本的な正しい過ごし方。

2009年9月13日日曜日

陽が沈む前の、夕焼け


海のような広い場所へ行かないと、なかなかきれいな夕焼けにはお目にかかれません。学生の頃は、多くの夕焼けを見ていたはずなのに、遊ぶことの方に夢中で、空をあまり見ていませんでした。夕焼けなどには興味もありませんでした。30年前、40年前には空気ももっと澄んでいたのでしょうか。

映画「点の記(劒岳)」は、圧倒的に美しい雲の上の夕焼けを見せてくれましたが、実際に山での夕焼けは見たことがありません(多分)。山登りをしないから、多くは海の夕焼けの話になります。ただ、飛行機に乗っているときはいつも雲の上なので、夕焼けも美しいのですが、まぶしくて‥‥。

海、船、夕焼けとくれば、拓郎の「落陽」や、加山雄三、グループサウンズの世界に入ってしまいそうです。「いやいや演歌でしょ」という人も、多いとは思いますが。美しい夕焼け探しの旅に出る。なんて、年寄りくさいことも、もうじきしてしまいそうです。
そういえば昔「夕焼け評論家」なるエッセイストもいましたが、黒沢明の映画で徳川家康を演じた後はどこへいかれたのでしょう。いんちきな肩書きに憧れたものです。

ワタシの夕焼け一番は、洞爺湖でみた夕焼けです。高校生から大学生の間の休みのこと。空も湖も、まっ黄色に染まった夕焼けでした。あんなに黄色い夕焼けはあれ以来、見たことがありません。洞爺湖ではよく見られるのでしょうか、たまたまだったのでしょうか。

2009年8月30日日曜日

ミントンのアンティーク柄


もう10年くらい昔になりますが、英国ロイヤルドルトン・ブランドの紅茶の仕事をしていました。その仕事を通して、紅茶の知識、英国陶磁器の知識、その頃の大英帝国の歴史に触れる時間を持つことが出来ました。そしてなによりも、紅茶パッケージのプレゼンテーションと取材をかねて、ロンドン → ストークオントレントへいくことが出来ました。

ストークオントレントという町は、日本の瀬戸みたいな焼き物の町です。ロンドンから急行で3時間ほどだったでしょうか。あのラグビーの町を通り、リバプールの方へ行く途中にあります。

ヒツジさんのいる、本当に牧歌的な丘をいくつも越えて到着です。駅前には、ジョサイヤ・ウェッジウッドの銅像があり、町のあちこちにロイヤルドルトンをはじめ、ミントン、ウェッジウッド、スポート、ロイヤルクラウンダービーなど有名なブランドの窯とその煙突が並んでいます。
いかにも古い歴史ある町という佇まい。そして、それぞれの会社がそれぞれの私設のミュージアムを持っているようです。
このアンティークな柄のカップは、工場見学に行った折りに、ミントンのミュージアムのお隣にあるアウトレットで買ったのもの。日本では見ないミントンでしょ。ミントンのカップは本当に素敵な柄が多く、水彩で描かれたデザインブックは手元に置いておきたくなります。

ロンドンでよかったのは、パークサイドホテルで本格的なアフタヌーンティをいただいたことと(もちろん仕事です)、ハロッズを見れたこと。百貨店というより、ミュージアムのよう。地下の食料売り場では、食材で巨大なオブジェをつくっていました。その時買ってきたウール張りのピクニックシートは、いまだ現役で年に数回活躍しています。

2009年8月23日日曜日

消えゆく、ポップドール

お店の前でお客さんに呼びかけるキャラクターたち。あのペコちゃんや、薬のサトちゃん、おまえヘソねーじゃねえかのコルゲンコーワのケロちゃんなどを、ポップドールと呼ぶらしいです。不二家のペコちゃんは昭和25年生まれだとか。新しいところでは(もう古いけれど)、ケンタッキーフライドチキンのカーネル・サンダースさんもその代表選手です。
なんでもこのポップドール、世界的に見ても、日本が圧倒的に多いのだそうです。「福助」や「お多福」など、日本は歴史が違うのだよ、ということでしょうか。日本人のDNAのなかに、看板娘的な愛嬌のあるキャラクターを好む資質がきっとあるのでしょう。この辺の話で、新書一冊書けそうです。

私たちが子どもの頃は、ある銀行のポップドールがディズニーのキャラクターでした。ミッキーマウスやドナルドダックの貯金箱がとても欲しかったことを覚えています。プラスチックではなくて、硬質なビニールで出来ていたように思います(あの匂いが好きでした)。
そしてその頃は、まだ、商店街というものがとても元気でした。商店街を歩くことで、いろんなポップドールたちとの出会いがありました。ポップドールたちも子どもたちにいたずらされながらも、活き活きしていました。今や生き残っている商店街はわずか。売り場や販促物が細かく管理されている量販店全盛の現在では、彼らとの出会いもそうそう望めません。

ところが、昨年リタイアされた食いだおれ太郎さんは、もてもて。全国各地を飛び回っていらっしゃいます。かに道楽のかにや、京都おたべのこっくり娘さんなど、関西は昔から動くポップドールの本場のようです。ポップドールの世界にも格差の波はあるようです。

2009年8月13日木曜日

超辛シシトウから、オクラへ


これでもかというくらい、今年も1本の木(苗)にシシトウが鈴なりに出来ました。始めの頃は3日に一度、焼いて食べていても柔らかくおいしかったのですが、次第に赤いのが混じるようになるとだんだん辛くなってきました。最近はもう終わりなのか、実が小さくなってきているようですが、辛さは20倍くらい辛く、口に入れただけで咳き込んでしまう手ごわいものもおります。書いているだけで、思い出して、汗が出てきます。

で、このシシトウに替わって、鈴なりに出来そうなのがオクラです。写真のように、オクラの花のツボミがいっぱい。出来始めた実も、大きく柔らかくおいしいです。この調子だと、8月いっぱい楽しめそう。冷酒にオクラという感じの盆休みになりそうです。
それにしても、梅雨明けは遅い、台風は来る。夏らしい青空がなかなか現れません。そのうちに、夏はすぐに終わってしまいそう。ブーゲンビリアやハイビスカスは雨にやられてずっと元気がないですが、野菜は強い。

小さなプランター菜園でも、いろいろ収穫出来るのですから、畑を借りて作っている人は、その収穫量も凄そうですね。野菜をあげても、お返しをもらったりして‥‥。草むしりや虫の手入れも大変そう。わが家では、これくらいのプランターで少しづつ季節を楽しむのが、ちょうどいいサイズのようです。

2009年8月10日月曜日

隊士、舞妓茶屋に遊ぶ


この前の土曜日は、維新探検隊一年ぶりの、納涼飲み会。今年は、三条河原町の、池田屋にて開催されました。新撰組が勤王の志士を急襲したあの池田屋跡に、居酒屋が誕生。新聞にも載るなど、話題になったお店に我々も、というわけです。「蒲田行進曲」で銀ちゃんに切られてヤスが階段落ちする、ロングな階段も再現されています。酔っ払いが足を滑らせても大けがしないよう、踊り場をつくったり、ちょっと鍵形に変形されています。
4時からまる2時間。いつものことながら、よく呑み、よく食べ、満腹満腹。さて、お次は。先斗町辺りをそぞろ歩きたいというヨウドウ殿様にしたがって、三条小橋を渡ります。

先斗町に入ると、なにやらいつもと違う佇まい。なんと歌舞練場で、「舞妓茶屋」というビアホールがオープンされているではないですか。舞妓さんの踊りを楽しみ、おしゃべり&写真を撮ってOK。さらに生ビールとおつまみがついて1,500円というお値打ち価格。建物の中の席は一杯で、外の桟敷で鴨川を眺めながらのビールとなりましたが、「市笑」「光菜」と舞妓さん二人もちゃんとお話しに来てくれます。あ~、こんなことなら浴衣着てくれば良かったァ。この催しは、土曜日まで、お盆休みのみ。行きたい人はこの1週間に、イソゲ!

ビアホールの中の写真はどの写真も人の顔だらけ。舞妓さんのお顔を出すわけにもいかないので、歌舞練場入り口の看板でゴカンベン。隊長のピースサインが、この夜の雰囲気を物語っております。 
ここで帰ればいいものを、もう一軒いくのが悪いクセ。昔懐かしいサントリーバーで、ウィスキーロックなどをいただいたために、次の日はけっこうアタマが痛かったのでした。隊士の皆さん、お疲れさんでした。

2009年8月4日火曜日

全英の、穏やかな勝者たち


全英はいつも、天候だけでなく、重苦しい雰囲気に押しつつまれている。ヒースに打ち込み、クリークに阻まれ、深いラフやバンカーにつかまり、コースは選手たちの絶望と悲壮感にあふれている。自分の運命を呪う選手ばかりだ。
リーダーたちでさえ疲労困ぱい、ましてスコアを落とした選手たちは亡霊のようになってしまう。あのタイガーだって、眉間にシワをよせ、怒りながらプレイしている。それが、The Open なのに、The Open だけの醍醐味なのに、今年はちょっと様子が違った。


いつもの激しい雨や風や、その両方が、比較的に穏やかなようだった。その中で、59歳のトム・ワトソンが静かに燃えていた。初日からトップを走り、4日間、いつか落ちていくだろうと思っていたが、なんのなんの、ずっと首位を守りつづけた。最終で、プレイオフに追いつかれ、残念ながら優勝はスチュアート・シンクになったものの、最年長優勝の記録は書き換えられなかったものの、ワトソンは世界中のゴルフファンを魅了していた。淡々としたプレイはリンクスとの触れあいを楽しんでいるようだった。石川遼は予選落ちしたものの、十分楽しませてくれた。予想外、地味目な久保谷にも1日目から俄然注目が集まった。日本選手の頑張りがあってこそ、TV観戦も真剣になる。

そして、全英の女子チャンピオンも、二人目のお子さんを出産して3カ月目というベテランのカトリーナ・マシューが優勝した。彼女もまた、2日目から首位に立ち、淡々とトップを守った。ホールインワンやイーグルをとってはいたが、派手さは全くなく、プレッシャーに落ちていったのは周りの選手たちだった。ウェアや帽子を見ても大きなスポンサードはない、スコットランドのおばちゃん選手だった。
こちらも日本人選手の活躍で、TVをずっと見ていてまだ寝不足だ。2日目までは三塚優子が頑張り、3日目からは宮里藍が頑張り、3位に入った。

今年、リンクスの女神に愛されたのは、リンクスのゴルフを愛する穏やかなレディース&ジェントルマンだった。その分来年は、とんでもなくハードなゲームになるのかもしれない。