お気楽さんぽ

お気楽さんぽ

2015年4月20日月曜日

春がゆっくりやってきた


あ~ぁ、しばらく忙しくて、文章ばかり書いていたので、ブログの短い文章も書く気になれなかった。
あ~ぁ、つたない一句に「桜隠し」って季語を使ってみたかったがすっかり春になってしまった。咲いた桜に雪がつもることを「桜隠し」っていうらしい。なんてきれいな言葉なんだろう。今年はそんな日が一日あったのに。
あ~ぁ、ゴルフにもしばらく行ってない。周りの友だちに体調不良が多く、しばらく様子見の人が多いのは困ったものだ。
あ~ぁ、今年は花見の頃に雨の日が多く、酒をゆっくり楽しむようなちゃんとした花見はできなかった。それでも、お弁当を買って鴨川には二度ほど行ったよ。植物園横の「半らぎの径」の枝垂れ桜はちょっと遅いから。

あ~ぁ、マスターズも終わってしまった。今年はとくべつ面白かった。スピースが初日から快走、そのまま逃げ切った。予選落ちしそうだったマキロイが-12の4位まで頑張った。なにより松山が5位というのは立派。いつかマスターズで優勝できるというゴルフだった。

あ~ぁ、本を読むスピードもだいぶ落ちたようだ。でも前のブログで書いた「87分署」は読んだよ。第二巻目の「通り魔」で田中小実昌訳だった。ハヤカワポケットミステリーブックはなんと350円。一巻目の「警官嫌い」は見つからなかったけど。これが面白くて村上春樹訳のフィリップ・マーロウ物の「高い窓」を買ってしまった。これも面白かった。


本めくる 指に風立つ 影ゆれる




2015年3月5日木曜日

「87分署」をもう一度


「翳りゆく夏」というドラマをWOWOWでやっていた。20年前の病院内での乳児誘拐をテーマにした、よくできたドラマだった。日本の原作は読んでない。この話の中でエド・マクベインの「キングの身代金」が小道具としてでてくる。いわずと知れた黒澤明監督の「天国と地獄」のベースとなった本だ。

このドラマの中で「キングの身代金」は、一部のミステリーファンくらいしか知らない本として登場する。『そらないわ!』と思わず、テレビにツッコミををいれてしまった。「ミステリー」というのも引っかかったが、まぁ早川のミステリー文庫から出ているのだからしょうがない。当時も「ハヤカワミステリーマガジン」というのがあったくらいだから。でも「87分署」シリーズは、警察小説の金字塔だ。そのシリーズの中でも重要な一冊で、一部のミステリーファンしか知らないということはないだろう。それとも、20年前はもうそうだったのか。

それにしても、懐かしい。もう何年「87分署」を読んでいないだろうか。Wikipediaでみたら、2005年まで刊行がつづいて、56冊も出ているのですね。スティーブ・キャレラ、マイヤー・マイヤー、バート・クリング…。思い出すだけで、涎が出てくる。あの頃の本はまだ家にあるだろうか?そうそう、この「87分署」はテレビドラマにもなっていた(日本の「裸の街」シリーズもそうだけど)、モノクロ時代の米ドラマがあったはずだ)。YouTubeを探してみよう。




こういう昔読んだ本の主人公たちは、なつかしい友人のように思える。あれからどうしていたんだろう。クレアはどうしているんだろう?「87分署」だけでなく、ボストンの「パーカー」は元気だろうか?恋人の名前は何ていったかな?こういう人たちにもまた、逢いにいかなくちゃ。忙しい、忙しい。



北窓を 開けてキャレラ 弾丸をこめ



2015年2月14日土曜日

電車の中で、梅が咲く


 最近なにかとイベントの多い、嵯峨野のチンチン電車「嵐電」です。この前乗った電車は、「梅電車」でした。「北野天神号」という名でした。もうすぐ北野天満宮の梅花祭が始まるので、そのタイアップ広告電車です。それにしても、各アミ棚には造花の梅が飾られ、中吊りの広告の代わりに梅の写真がかけられ、観光客感激のしつらえになっています。香りのないのは残念ですが、広告効果は満点です。

このアミ棚の梅は八分咲きといった風情ですが、実際の梅は六分咲きか七分咲きの頃がいいですね。全部咲いてしまっているのは色っぽくありません。咲きかけの蕾のほうが、いい香りしますしね。


梅の花は、カラカラになっても枝についているので、やはり、若い頃が旬。早めの梅見物がよろしいようです。家の近くの梅名所には、この北野天満宮をはじめ、大覚寺、梅宮大社などがあります。


梅が咲けば、もうすぐ春。冬のあいだ暗い場所で育てていたクロッカスも、根をいっぱいだし、今は窓辺でぐんぐん大きくなっています。テラスのほうでは、プランターの中で、チューリップや絹さやが芽を伸ばしてきています。こんなに春が近くなってきてるのに、今週末はまたも寒気団到来。今朝はまた、雪がうっすら積もりました。やれやれ。



ポケットに 隠れてた春 顔を出し



2015年1月26日月曜日

あこがれたのは、報道カメラマン


大人になったら何になりたいか? 「嵐電の運転手さん」と答えていた幼い頃はともかく、ある程度大きくなってからのあこがれは報道カメラマンでした。小さい頃からカメラをいじっていたこともありますが、TVの「事件記者」がかっこ良かったせいもあるはずです。でも決定的だったのはロバート・キャパの「ちょっと、ピンぼけ」を読んだからです。小学生でこの本を手に取るというのも相当変わっているとは思いますが。戦争の真っ只中に、武器を持たずに飛び込んでいく人たちがいることを教えてくれました。

戦闘を撮影するのではなく、人を撮ることで戦争を撮る。などなど小さかったワタシにいろいろ教えてくれた本ではありました。数ある戦争映画はありましたが、報道カメラマンをあつかった映画は、1960・70年代はなかったと思います(「M・A・S・H」にちょっと出てきたかな?)。なにかありました?「地雷を踏んだらサヨウナラ」など邦画のモノは10年くらい前に見ましたが。

家に「LIFE誌」があったことも影響してるかもしれません。ピューリッツアー賞や写真家集団「マグナム」なんて名前もけっこう早くから興味を持っていました。でも中学生・高校生時代、ベトナム戦争のリアルな戦場を見るにつけ、そのあこがれもしぼんでいきました。やはり「死」が隣りにある職業は尻込みします。ベトナムで、アンコールワットで、名のあるカメラマンがどんどん亡くなっていった頃でした。作家の開高健が、ベトナム戦争に従軍記者として記事を書いていた姿にはびっくりしたもんです。
それにしても、最近の戦場に向かう報道カメラマンの生存率はとても低くなってるみたいですね。人質で軍資金を得るという発想の戦争と、無人爆撃機飛び交う誤爆の戦場では、カメラマンの生命なんていくつあっても足りません。

この写真は、小さい頃に買ってもらっていたカメラで、「フジペット」といいます。レンズの横のシャッターを数字通りに1→2と押して写真を撮ります、大きなファインダーがかっこいい!レンズの上の赤○は快晴で、青○は雨という露出。最近は小学校の遠足や、親戚の家に遊びに行ったときのネガが出てきて、パソコンに取り込んで遊んでいます。


トレンチと カメラと葉巻の 夢凍る



2015年1月11日日曜日

あけまして、おめでとうございます。

今年の京都は、いきなり大雪で始まりました。
大晦日の暖かな一日から一転。大晦日の夜からチラチラしはじめ、元旦の昼2時頃から夕方にかけて一気に積もりました。家の方では20cmも積もったでしょうか。気象台発表では午後6時で16cm、61年ぶりの大雪ということです。2日朝は近所の神社へ初詣に行ったものの、昼過ぎからまた降りはじめ15cmくらい新たに積もりました。
前の道路でも追突事故が。晴れていても、道路はテカテカの状態です。


さて今年は、と考える間もなく気がつけばもう11日。もう少しゆっくりと一日一日を過ごしていきたいものです。スキーをしていた頃は、寒さも気にならず、信州あたりの積雪情報を楽しみに見ていましたが、最近の冬は寒いだけ。早く春が来い、という気持ちがだんだん強くなってきました。でもまだ1月。寒さの本番はこれからです。

春を待っているのはプランターの植物も同じ。今年も「絹莢(きぬさや)」が芽を出しています。
初めて植えたチューリップの球根からも青い小さな芽が。部屋の中では、ガラスの器でクロッカスも根を出し芽を出しガンバっています。

今年もこんな調子でこのブログを進めていきます。もっと頻繁に更新しろ、というお叱りの意見も年賀状でいただきますが、どうぞお気楽におつきあいくださいませ。


初雪に 羊群れたり パーキング



2014年12月7日日曜日

もう師走か、「ラフロイグ」でゆっくりしよう


あぁ、今年の紅葉はとてもきれいだ。とくに、赤い葉がいつもより赤いな。と、嵐山へ行ったり、御室の八十八カ所を回ったりしているうちに、もう12月だ。しかもこの2・3日は寒くて、1月下旬なみの気温らしい。ブーゲンビリアやハイビスカスを、手入れして部屋に入れてやらないと。年賀状もそろそろつくらなくっちゃ。カレンダーも買いに行かないと。今年はあんまりゴルフ行ってないのに、あわただしく過ぎてきた。

忘年会も、一つはもう終わった。最近は仕事の打ち上げなどもなく、忘年会もものすごく減っているが、それでも年末までにあと4つ。身内のクリスマスのおよばれもある。でも、きれいなオネエさんに囲まれて呑むなんてことはなくなってしまた。ウィスキーを飲むことも少なくなった。
だいたいが、酒に弱くなってしまって、日本酒を飲んだあとにウィスキーでも飲みに行くなら、次の日がもう二日酔い状態。なにをする気も起こらない。それでも、時々はウィスキーを飲みたくなるから、家で夕飯の時に飲むことも。

そんな時は「ラフロイグ」。アイラ・モルト・ウィスキー。アイラ島のクセのあるウィスキーで、一緒に飲みに行った連中からはクサイと相手にされなかったスコッチだ。ヨードの香りがきつく、薬のような味がするウィスキー。昔から、J&Bのようなスコッチが好きだった。グリーンのボトルに赤いキャップ。これも少し、ヨードの薬のような香りがすこししていた。

今年は「マッサン」ブームで、サントリーもニッカも、復刻版ウィスキーが人気のようだ。



狂い舞う プラタナスの葉 デスマスク


2014年11月10日月曜日

とんとんと石段登ってこんぴらさん



両側にお土産屋さんがびっしりの参道の階段を上って行く。あぁ、写真でよく見る、金刀比羅宮の光景だ。平日の午前中のせいか、人が少なく、呼び込みの声もあまり聞こえないけど。いろんなお店を覗きながら、大門へと着く。ここからが境内。五人百姓が傘をならべて、名物の飴を売っている。ここから御本宮までいよいよ階段もきつくなってくる。
今回は途中の奥書院で若冲の障壁画を特別公開していたので見学。おかげで階段を一気に上まであがることなく、息があがることもなかった。それにしても、ここも中国系の観光客が多いようだ。もうすこしで御本宮の所にはなんと資生堂パーラーが「神椿」という名のレストランをだしていた。高そうなので行ってないけど。
御本宮でお詣りし、絵馬堂などを見る。航海の安全を祈願する神社だけに、絵馬も造船や観光船の企業、さらには宇宙船(ロケット)をつくる企業のものまであって面白い。もうひと頑張り、白峰神社へ。一番奥の奥社までの途中まで行ってみることにする。何しろ今度くる時はここまであがって来れるかどうか、だから。

帰り道は裏参道の、山の小径を下って行く。そして旧金比羅大芝居の「金丸座」へ。現存する日本最古の芝居小屋。江戸時代も、そして今も人気のこの歌舞伎小屋は、国指定の重要文化財だ。最近もチケットを売り出して、人気のある興行は数分で売り切れるらしい。なにしろ役者と観客の距離が、ここほど近いの小屋はないらしい。などなど、ボランティアのおじさんが、花道から舞台、楽屋や奈落の仕掛けまで案内してくれる。いやぁ、面白い。最近も、染五郎の興行があったみたいだ。

お昼は参道の「とらや」で、讃岐うどん。昔は旅館をしていたという老舗だ。この店と、昨日の夕方こちらに着いてすぐに行った「狸屋」は、維新の会でおなじみのNさんに教えてもらっていた讃岐うどんのお店だ。
お昼を食べて帰路に。途中で鳴門の渦潮を見る船に乗ったが、潮流の見所の時間とタイミングがあわず、大きな渦は見られなかった。残念。


石の波 月にきらめく 金刀比羅宮


2014年11月2日日曜日

どんどんと太鼓なる道後の湯へ


朝、6時。太鼓の音が聞こえてくる。道後温泉の、開場を告げる太鼓だ。ホテルの窓から、道後温泉の入り口がすぐ下に見える。朝の散歩のような人が入っていく。朝6時頃は地元の人が多いけど、6時半になったら空いてきますよと昨夜ヒアリング済み。朝食前に、カランコロンと下駄を引っかけてお風呂へ行った。

三階の個室を頼んだ。江戸っ子の坊ちゃんは、三階しか行かなかったらしいから。男湯は三つの浴室を楽しめる。わが国最古の温泉といわれているだけに、表のたたずまいだけでなく、浴室もどっしりした風格がある。きれいなお湯。じっくりと効いてくる。天皇家御用達だったお風呂もなかなかのもの、見学できる。

風呂からあがって飯食って、車をおいて観光散歩へ。すぐに坊ちゃん電車がやってきて飛び乗る。まずは「坂の上の雲ミュージアム」へ。と行ったが大失敗。泊る所が予約しやすく安いからと、月曜を組み込んだのが大間違い。ミュージアムはじめいろんな所が月曜休館日。しょうがないので、名物のみかんのゼリーをチュパチュパしながら、松山城に行った。写生会の小学生たちの間を抜けて天守閣へ。吹きわたる心地いい風が、湯あたり気味のほてった身体をさましてくれる。
昼飯を軽くすませたら、琴平へドライブ。金毘羅宮も行きたかった所だ。

ところで京都は紅葉が美しくなってきた。今、桜の葉が真っ赤。鴨川ぞいの道は赤色・黄色・緑色と色とりどりで、紅葉シーズン第1章はじまるといった感じ。



金木犀 にほふ坂あり 雲の下


2014年10月19日日曜日

道後温泉に行ったぞなもし 1


その喫茶店は、尾道の志賀直哉邸の前にあった。千光寺へ行って、尾道の港を見ながらぶらぶら降りてくる丘の中腹にあった。店を閉めてどれくらいになるのだろう。昔は手入れされていたはずの多くの花が、雑草化しながらも咲いていた。年中、陽あたりがよく、穏やかな気候なのだろう。枯れずに健気に咲いてる。
昔は、京都にもこんな喫茶店がたくさんあった。アンノン族のディスカバージャパンの頃は、信州へ行っても北海道へ行ってもこんな蔦のからまった赤いドアの喫茶店が流行っていた。すっきりきれいな志賀直哉邸よりも、時代を感じさせる喫茶店ではあった。

それにしても、ネコの多い町だ。岩合光昭さんがカメラを構えていそうな細い路地があちこちへ続いている。路地の角を曲がるたびに、ゴロニャンしているネコたちに出会う。丘を降り、JRと国道2号線をこえれば、商店街。今日は大仮装行列大会の日。いろんな仮装をしたたくさんの人たちが練り歩いていた。別に追いかけているわけではないが、駐車場の方へ向かって歩くと「七福神」の仮装グループの追っかけになったみたいだ。11時頃食べた尾道ラーメンのお店「朱華園」も、2時くらいには長い行列ができていた。

今日はこれから「しまなみ海道」をわたり、途中で村上水軍の博物館を見たり、来島海峡の観潮船に乗る予定。道後温泉に着くのは夜6時くらいだろう。


空も海 1000kmドライブ いわし雲


2014年9月7日日曜日

満月の夜、ねんねん ねんころり。


夜、眠るときに窓から入ってくる風が涼しくなってきた。朝は、窓を閉めないと寒いくらいだ。
最近、よく聴いている音楽が“Hushabye Mountain (ハッシャバイ・マウンテン)”という歌だ。映画「チキ チキ バンバン」のなかで、ディック・ヴァン・ダイクが歌う子守唄だ。小さい頃、「メリーポピンズ」のこのおじさんが好きだった。

 “Hushabye ”といのは、日本の「ねんねんころり」というような意味らしい。ねんねんころりのお山からララバイ湾にやさしい風が吹いてくる。風は湾に集まった帆船の帆を膨らましていく。さぁ、その小さな胸の悩みややっかい事を帆船にのせて吹き飛ばしてしまおう!あっちへあっちへ飛んでいけ。そしてぐっすり、おやすみなさい。というような歌だ。

むこうの人はこの子守唄が大好きらしく、ロックの歌手が歌ったり、JAZZになったり、女性歌手が歌ったりしている。ライブの気分転換に、短いこの歌が好まれるのかもしれない。作詞・作曲は、シャーマン兄弟。ディズニー映画の多くのヒット曲を書いた人たちだ。「パイナップル・プリンセス」も、リンゴ・スターがカバーした「You're Sixteen」も、彼らの作品ということを、彼らの伝記映画を見て初めて知った。びっくりだ。


夜空といえば明日9月8日は、仲秋の名月だ。雨続きの夜が多いが、晴れるだろうか。
最近、遅ればせながら読んでいるのが、村上春樹の「1Q84」だ。世紀末の子守唄のようなお話。1984年と、月が二つある1Q84年の話だ。おさないファンタジーと暗い予感につむがれた村上ワールドに、なぜか時々浸ってみたくなる。「1Q84」の天吾くんと青豆さんには、仲秋の名月も二つ見えるのだろうか。



ねんころり 母のにおいに 月の影